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伝統という価値に思いを馳せる

能登半島の地震に関連したニュースで、復興か移住か、という話題がXのおすすめに流れてきた。
奇しくも大好きなコテンラジオの番外編で、菅原道真の子孫で太宰府天満宮の宮司をされている方のお話を聞いたばかりで、「伝統」というものについて考えさせられてしまった。

冒頭の「復興か移住か問題」は実はたくさんの議論をはらんでいると思う。
大きく分けて「何で生計を立てているか」「どんな資産を持っているか」そして「伝統文化を終わらせられるか」だ。

私もいわゆる限界集落に住む身で、もしも大災害で自宅に住めなくなったら間違いなく移住を選ぶだろう。しかしそれは私たち夫婦の仕事がどこででもできるもので、家も借家だからだ。
ご近所さんには農家も多く、移住することがそのまま田畑を失い収入源を失うことに繋がりそうなご家庭も少なくない。90歳近いおばあさんたちでも、毎日せっせと畑仕事をしている。自家消費用の野菜を作ることで生活費を抑えているのだろうし、健康を維持するための畑仕事でもあるのだろうと思う。そういう方が、家を建て直してもらってでも畑のあるこの集落に住み続けたいと考えることは容易に想像がつく。
実際、過去に大きな地震があったときは何件もの家族が山の麓の街場に引っ越したそうだが、聞けばそのほとんどが勤め人の方だった。

仕事に問題がなかったとしても、山に土地を持っていたら土地の管理が必要な場合もある。売ろうにも買い手がいないかもしれない。
都会に住んでいると意識しないが、山や田畑は人がいなくなるとすぐに荒れる。台風でも来れば、荒れた山から木が倒れて道路を塞いだりする。放棄された田畑は雑草が生い茂り繁みのようになって、もし誰か借り手が見つかったとしてもすぐには使えない。野生の動物が住み着き、もし近所の人が農業を続けていれば迷惑をかける事になる。田舎の狭いコミュニティでは、人に嫌われるのは大きなデメリットだ。

そう、コミュニティの問題もある。それが「伝統」にも繋がっている。

私の体験を紹介しよう。
私は集落に越してきてまだ10年も経っていない、いわゆる「よそ者」である。そんな私は、越してきた翌年から毎年何かしらの役職を担っている。人が少ないせいもあるが、田舎の集落には伝統として守られてきた行事や自治のための取組がたくさんあるのだ。
地域の氏神様を祀る神社の手入れや正月飾りの準備、正月の祈祷、どんど焼き、公民館の掃除、敬老の日の集まり、風鎮祭、年に数回の草刈り、農業用水の掃除、などなど、とにかく人手がいる。たとえば神社の飾りは数メートル級のものを住民総出で手作りするし、草刈りも住民総出で半日やっても終わらない(仕方がないので昼になったら諦める)。都内のマンションに暮らしていた頃を思い出すと正直げんなりする。それでも何度か参加すれば他者貢献感を感じるようにもなる。
近年になって取りやめを検討している行事もあるが、前述のおばあちゃんなどは、正月の祈祷がなければ初詣にすら行けないかもしれないし、どんど焼きがなければ正月飾りを焚き上げる機会を失うかもしれない。
地域行事は伝統と宗教と風俗とが絡み合ってできている。だからこそ、簡単にやめられない。その地で育った人ならなおさらだ。

そんなことを考えていたタイミングで聞いたのがコテンラジオの番外編だった。詳しくは実際のトークを聞いてもらいたいが、私はあの番外編を聞いて「伝統は伝統であるというだけで価値がある」ということを突きつけられ、そしてそれが物凄く腑に落ちたのだ。

例えば祭りは毎年続けられてきたこと自体が価値なのだ。そこには、数百年にわたり人々が関わってきたという実績があり、ほんの数年休むだけで、「続いている」という事実が失われてしまう。
形あるものは特に、壊れたら二度と取り戻せない。神社、寺、墓、地蔵など、手入れをせず朽ちてしまうことを想像するだけで、代々それを守ってきた家の人にとっては苦しみがあるだろう。それは信仰からくるものというよりは、残すために多大な労力をかけてきた人々を裏切ることへの罪悪感かもしれない。

そう言う私もおそらく遠くない未来にこの集落を出ることになる。生まれ育ったわけでもない、強烈な愛着があるわけでもない土地なのに、申し訳なさを感じるのは、その伝統が数え切れないほどたくさんの人の手によって支えられてきたことを身をもって知っているからだ。知っているのに、私だけがそこから手を引くからだ。

ただ、復興か移住か、と言われたら私は移住に賛成する。仮に移住しなかったとしても十数年のうちにその伝統は廃れてしまうことが予想できるからだ。
一人また一人と住人が減り、枯れていくように失われるくらいならば、なにかのタイミングで一斉に移住するほうがまだその伝統が守られる可能性がある。移住先の住民を巻き込んだ形で残していくことだってできるかもしれない。
伝統や文化を守るためにも、外の力を頼ることに日頃から慣れておけるといいなと思う。

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