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#58. “Sugar”はどこから? *ḱorkeh₂ [sugar/jaggery/शक्कर]

以前に塩の語源について触れたので、今回は「砂糖」について。

英語の sugar は フランス語・イタリア語・アラビア語・ペルシャ語を介してサンスクリットに遡る。

sugar
← sugre (ME)
← sucre (Middle French)
← çucre (Old French)
← zucchero (Old Italian)
←. سُكَّر sukkar (Arabic)
←. شکر šakar (Persian)
← शर्करा śárkarā (Sanskrit)
← *śárkaraH (Proto-Indo-Aryan)
← *ćárkaraH (Proto-Indo-Iranian)
← *ḱorkeh₂ (PIE) “gravel, boulder”

もともとは「小石・砂利・岩」を指す言葉だったものが、砂糖の意味になった。古代ギリシャ語 κρόκη (krókē, “pebbles on the seashore”) と比較されるらしい。漢字でも「砂」とつく類似点が面白い。インドなどでは、日本ではあまりそれそのものはみかけないが、精製を抑えた、サトウキビを煮詰めたものを石ころのように固めた、石密や赤糖と呼ばれるもの (गुड़ guṛ) をよく使う。特にラッドゥ (लड्डू laddu) をつくるのに欠かせないものだが、日本のスーパーでは手に入らないので黒糖で代用するが、冷え固まったときのガッチリ具合が違う。英語でジャガリーとも言うようだが、この jaggery という語はサンスクリットの शर्करा (śarkarā) が南インドに行き、ポルトガル語を通して英語に入った語彙だ。

jaggery
← jágara, jagra (Indo-Portuguese)
← ചക്കര cakkara (Malayalam)
   சக்கரை cakkarai (Tamil)
← शर्करा śárkarā (Sanskrit)

なお、スペイン語の azúcar はアラビア語から、ラテン語の saccharum, saccharon は ギリシャ語 σάκχαρον (sákkharon) 経由でサンスクリットから入って来た。ショ糖(スクロース sucrose)は ラテン語の saccharum 起源のフランス語 sucre に -ose 語尾をつけたもの。 あるいは サッカロース saccharose という言い方もあるようだが、勿論、ラテン語の saccharum に -ose 語尾をつけたもの。ショ(蔗)糖というのは、サトウキビの別名が 甘蔗(かんしゃ、かんしょ)だからそうだ。

では、sugar の語源の現地インドのヒンディー語で、砂糖は何と言うのか。शर्करा (śárkarā) が転訛して शक्कर (śakkar) シャッカルという。それとは別に चीनी (cīnī) チーニーとも言う。なぜ「中国の」という語が?どの辞書を見ても詳しい説明は出ていないので確証はないが、黒糖やきび砂糖は चीनी (cīnī) と言わず、白砂糖・グラニュー糖のことを言うことが多い気がする。精製した砂糖が入ってくるのは産業革命で精製技術が進歩してからのことだが、そのときインドを統治していたイギリスが茶の貿易を行なっていた中国から伝えたためか、あるいは、磁器のことも चीनी (cīnī) チーニー と言う(japanは漆器というように)ので、磁器のような白い精製した砂糖ということなのかもしれない。この点は引き続き調査したい。

世界各国の語彙に影響を与えているサンスクリット語彙だが、砂糖の精製は北インドが発祥ではないかとの説もあるようだ。それが理由かどうかはわからないが、インドのスイーツはとにかく甘い。ぶん殴られたかと思う程甘い。逆にインド人になぜ日本人はチャイに全く砂糖を入れない、あるいは入れても名目上ぱらっとだけしか入れないのか、とよく聞かれたものだ。実はインドの食文化で、料理では砂糖を使わない。

調味料の基礎は हल्दी (haldī), मिर्च (mirc), नमक (namak) 。熱した油にマスタードシードやクミンを入れ、玉ねぎのみじん切りを入れて、ハルディ(ターメリック)・ミルチ(辛子の粉)・ナマク(塩)を入れるところまでは、毎日のお母さんがメニューを考えている間にデフォルトで手がオートマチックにやってしまうルーチンだ。あとは季節の野菜やら、具材や好みに合わせてコショウや色々と生のスパイス(粉にした既製品ではなく)を入れて行く。

このスパイスとターメリックが入っているのを見て、毎日カレーを食べるの?と聞かれるが、本当の"カレー"とは、忙しい一般庶民が毎日は作っていられないほど時間のかかる、全く工程の違うレシピなのだ。その話はまたの機会に。いずれにしても、どこにも料理に砂糖を入れるという工程はない。そのためか、食後の甘~いデザートが食べたくなるようだ。逆に、日本の料理にはタレやら味付けで結構砂糖が入っている。そのためか、食後はさっぱりしたお茶が飲みたくなり、お菓子にも控えめな甘さしか入っていないのかもしれない。

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