ジャムおじさん 昼メシの流儀『オクラ蕎麦』
「そろそろお昼ご飯の時間だねぇ」
私の名前はジャムおじさん、丘の上でパン工場を営んでいるパン職人だ。朝起きてパンを焼き、お昼過ぎてもパンを焼き、たまにアンパンマンと共にバイキンマンを懲らしめる。そんな生活を送っている。
そんな1日のほとんどをパン作りに費やす私の数少ない楽しみの一つがお昼ご飯だ。パン作りの合間に食べるお昼ご飯、一緒にパン作りをしてくれるバタコと食べるのも悪くはないが、たまには一人でゆっくりと好きな物を食べたいものだ。幸いなことに彼女は今日、おむすびマンとお昼ご飯を食べに行っている。
「何を食べようかねぇ、パンではないねぇ」
パン職人である関係上、朝ごはんは毎日パンだ。昼ご飯くらいは他の物を食べたい。そういえば、最近蒸し暑くなってきた。パン工場にこもってパン作りをしているとだんだんと汗ばんでくる季節だ。
「冷たいもの……、蕎麦がいいねぇ」
この近辺で美味しい蕎麦が食べられるところと言えば一つだ。私はコックコートから愛用のライダースジャケットに着替え、バイクを走らせた。
しばらくバイクを走らせると見慣れた屋台とその店主が見えてくる。私は屋台の脇にバイクを停め、白い暖簾をくぐる。
「こんにちは、やっているかな?」
「おっ! いらっしゃい! ジャムおじさんじゃないかい」
ここの屋台の店主、かつぶしまんだ。ここら辺で蕎麦を食べるならこの屋台に限る。かつぶしまんが作る蕎麦は絶品だと評判だ。
「ざるそばを一つ、いただけるかな」
「へいよっざるそば一丁!」
かつぶしまんは私の注文とほぼ同時に蕎麦を茹で始める。蕎麦をの茹で方、茹でた後の冷水での締め、そばつゆの作り方、全てに無駄がない。流れるような動きだが、決して適当にやっているわけではない。全ての動きが洗練され、速さと丁寧さが完全に両立している。職人歴が長い者ならこの動きを見ただけで分かる。ここの蕎麦は格別に美味い。
「はいよっ、ざるそばお待ちッ!」
「ありがとうねぇ」
私の前に出されたざるそばは、1人前の蕎麦の上に刻みのり、脇にはめんつゆというシンプルな物だ。私は蕎麦をつゆに漬け、一口すする。
美味い。冷水で丁寧に締められた麺は柔らかすぎずしっかりとコシがあり、噛めば噛むほどそばの香りが鼻に抜ける。至高の一品だ。しかし、この蕎麦の本質は麺ではない。つゆだ。このそばつゆが素晴らしい。口に入れた瞬間広がる鰹の香り、そして、つゆの甘みや塩味に負けない鰹の旨味が舌を刺激する。だが、決してくどくはないクリアな旨味だ。出汁の強さと透明感、これこそかつぶしまんが作る熟練のつゆだ。
「う~ん、おいしいねぇ、流石かつぶしまん、いい出汁だねぇ」
「ありがとうでござる! この出汁は拙者の自慢でござる」
「ところでかつぶしまん、薬味はあるかい?」
「薬味でござるか? 拙者の屋台に薬味はないでござる」
「そうなのかい? 残念だねぇ、私は薬味と一緒に蕎麦を食べるのが好きなんだけどねぇ」
ねぎや大葉、ミョウガのさわやかで強烈な香りは暑い夏にぴったりだ。しかし、その薬味がないとは残念だ。
「薬味は無いでござるが、この前おくらちゃんから貰ったオクラならあるでござる。オクラ蕎麦も中々いけるでござるよ」
「オクラかい? 暑い夏にはぴったりだねぇ。では、いただくよ」
私は刻んだオクラを受け取りそばつゆに混ぜ、蕎麦に絡ませ、すする。
美味い。蕎麦の風味にオクラの青々とした濃厚な味が足されて先ほどとは違う印象の蕎麦になっている。そして、ここでもつゆがいい味を出している。オクラの粘りけによってつゆが蕎麦に絡み、つゆの味を先ほどより強く感じる。オクラを足しただけでより濃厚でより重厚感のある蕎麦に仕上がっている。
「おいしいねぇ、このオクラも新鮮で蕎麦に負けてないよ」
「おくらちゃんは野菜作りの名人でござるからな、夏の間はおくらちゃんからオクラを貰うつもりでござる」
「蕎麦職人と野菜名人の合わせ技だねぇ、夏の間だけというのがもったいないよ」
「オクラは夏においしくなるでござるからな、それにオクラは夏バテにも効果てきめんでござる」
「いいことを聞いたねぇ、じゃあ、夏の間にもう一度食べに来ようかねぇ」
オクラ蕎麦、夏の間しか味わうことしかできないこの蕎麦をもう一度食べに来ることを約束する。今度はおくらちゃんとネギ―おじさんを呼んで野菜蕎麦を振舞ってもらうのも良い。そんなことを考えていると、電話が鳴った。かけてきた相手はバタコだ。
「ジャムおじさん! アンパンマンがピンチです!」
「…今行くよッ!!」
私は急いでバイクを走らせ、アンパンマンの下へ向かう。
「またのおこしを!」
かつぶしまんの声を背中に受けながら。
ジャムおじさん 昼メシの流儀 『オクラ蕎麦』 完
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