タイトル:オレ
右目に、左手が介入してくる。
その瞬間、思考が今に戻される。
そう、こういう話をしていたんだ。この人の、オレの話を聞いていて、それを私は、右端に見える左手から受け取っていく。
煌びやかな街で、光沢のあるビルに囲まれながら彼はTシャツの裾を揺らして、真っ直ぐに前を見ながら歩いて行く。
「まあや、っていいよね」
「呼びやすくて」
曇り空が一気に晴れ出すように、
土砂降りの中、大きな虹が掛かるように。
そんな一定のリズムを刻みながら、自分の名前が呼ばれる。
「オレはさ、」
「まーやはさ、」
彼の主張が、彼が私を呼ぶ声が、夜空に木霊する。
私は目の前に映る、光の粒を眺めながら、昼間のグレーの雲を思い出す。
長いエスカレーターを、
サンダルが鳴らす足音を、
「当たり前じゃん」と嘲笑する声を。
この世界を楽しむような少し弾んだ声を。
彼が楽しそうに、私の目の前に一つずつ、丸やら三角やら四角やらを置いて行く。
丸はさ、丸なんだよ。
そんな事実を述べるように、私に手を差し伸べて行く。
私は、彼の手を取り、丸と三角と四角をゆっくりと、渡っていく。
恐る恐る下を向いていた顔を上げると、そこにはさっきまで隣にいたはずの彼がいて。
「ほら」
そう言って、まるで私が自転車に初めて乗れたかのように笑いかけるんだ。
2時間という時を超え、私は彼の傍から見える世界をほんの少し、覗いた。
そこには、「オレ」という紛れもない、彼のアイデンティティが充満していた。
オレの世界は、透明の色をしていた。
彼が創造した世界には、様々な色や顔が透けるように見えるんだ。
そして彼は猫のように、それらを気怠げに眺める。
一瞬のうちに、必要か不必要かを定め、その鋭い爪を研ぐように、手を伸ばす。
くるくるくるっと、彼の世界で、他の人の顔をしたパネルが回る。オレの世界で、彼を、主人公を際立たせるように。
私は、そんな世界の創造を目の当たりにした。
文字を書くことが生き甲斐です。此処に残す文字が誰かの居場所や希望になればいいなと思っています。心の底から応援してやりたい!と思った時にサポートしてもらえれば光栄です。from moyami.