青春は、のりこ

私は昔からお笑いが好きだ。といっても、家はわりと厳しく、というより母のこだわりが強く、お笑い芸人の出るバラエティ番組はちっとも見させてくれなかった。「やかましい」とのことだ。
子供がみんな大好きであろうアニメであっても、話が全然進まないだとか、アニメのくせに静止画ばかりだ、とか横でいちゃもんをつけられるので、姉も私も気持ちよく観ることができなくなり、次第にクラスメイトの観る番組を遠のく人生を歩むようになってしまった。

ドリフもバカ殿もろくに観させてもらえず(時代よ)、「笑う犬ってなんですか?」状態だった私に革命が起きたのは、中学2年で同じクラスになった「のりこ」の存在である。
のりこはなんというか、とても魅力的な子だった。
顔立ちはいかにも賢そう、実際に頭もよろしく、指先まで上品さが表れていた。でも話してみると、意外と大きな口を開けてよく笑う。そしてたまに見える偏愛っぷり。彼女が好きと言うものが全て、美しく、かっこよく見えた。
例えば、彼女の筆箱は、中2らしからぬ、無印良品の透明のプラケースだった(大抵キャラものかLOVE BOATのポーチに分かれたが、私は前者)。そのペンケースに何やらよく分からないけど洒落たステッカーがペタペタ貼ってあるのだ。俗に言う、カスタマイズというやつ。のりこいわく、好きなブランドのショップバッグに貼られるシールを綺麗に剥がして、そのペンケースに貼り直すのだ。近所のヴィレッジヴァンガードで買ったというアメリカンなステッカーも数枚あった。そして彼女のさらに素晴らしいのは、センスのあるステッカーの貼り方だ。ステッカーとステッカーの間隔、色合い、全てが計算されているようなバランスの取れた貼られ方で、まるでそのように売っていたかのように思わせた。
その他にも、女子がみんな、謎の崩した字体(ギャル文字?)を書く時代に、のりこは一切ブレずに綺麗な字を書き続けた。小学校の先生が黒板に書くような模範的な字だ。

そんな彼女の生き方にすっかり惚れてしまい(ここでいうそれは、多分恋愛感情ではないと思う)、彼女が好きなものをとにかく知ろうとした。多分、彼女のような女性になりたかったんだと思う。

「ねぇ、爆笑オンエアバトルって見たことある?」
のりこがとある日の休み時間にわたしに聞いてきた。もちろん初耳だった。
「NHKのお笑い番組なんだけど、わたし、そこによく出てくる、アンタッチャブルのメガネの人が好きなタイプなの」
その一言がきっかけだった。

私は早速その週の土曜日の夜、両親が寝るタイミングで、その「爆笑オンエアバトル」というものを観た。
うちにあるテレビはリビングにある1台のみだったし、リビングのすぐ隣の畳の部屋で寝る両親に迷惑がかからないよう、暗闇の中、テレビにイヤホンをさして(そのとき短いイヤホンしかなくて超至近距離でテレビの画面を見ることになった)、ドキドキしながら始まるのを待った。まるで、少しエッチな番組を隠れて観ようとしているように、両親に少し後ろめたい気持ちになった。

いざ始まると、もうそれは、カルチャーショックだった。スーツを着た男の人たちが(そうでない人ももちろんいたが)、一本のマイクの前で謎の掛け合いをしている。片方がとぼけたことを言い、もう片方が軽快に突っ込む。
小道具を使った2人劇みたいなのをする人たちもいた(コントというらしかった)。
ありえない設定の世界観を次々と見せつけられた。
のりこがタイプだと言っていたアンタッチャブルも出てきた。メガネは柴田、こいつか。とチェックをした。
自然と柴田にばかり注目して見入ってしまった。初見ながらに、「さっきの人たちの漫才より面白い」、そう思った。のりこが好きだと言ったからではない。テンポが良く心地よかったのだ。1回目にして自分の好きなタイプの笑いがなんとなく掴めてしまったことに驚いた。

週が明けて、休み時間が来た。早速のりこに話した。
「見た!柴田めっちゃ良かった!」
のりこはわたしの実行力の強さに引くのではないかと思ったが、素直に喜んでくれた。
「他の漫才師とは全然違うツッコミの仕方だし、声とかほんとに好き。一番はメガネ姿だけど」
と饒舌に語ってくれた。
「他にもさ、アンジャッシュとか磁石とか面白いよ」と教えてくれた。

それからというものの、見事に爆笑オンエアバトルにはまった私は、毎週かかさず観て、週明けにはのりこと語り合う日々が続いた。
ななめ45°のポーズを真似しあったり、話の合間にパペットマペットのネタを入れたり、それはもう楽しかった。今までお笑いのない生活を送ってきたことがとてももったいない気がしてならなかった。

中3でのりことクラスが別々になり、高校も違うところになってしまったが、それでも年に1回は地元のサイゼリヤで会ったりした。高2、のりこはアンタッチャブル柴田似の先輩に片想いをしていた。好みは変わっていなかった。
しかし、今でもオンバトを観てるのかは、なんとなく聞くことができなかった。
私はといえば、高2になったそのときも、基本的に毎週欠かさず観ていた。でも、高校生になり、環境も変わり、友達も変わり、価値観が変わるなかで、中2から変わらずオンバトを観続けている自分が少し恥ずかしかったのかもしれない。

中2の当時、オンバトは数少ないお笑い番組だったが、高校に入ってからはエンタの神様が始まったりして、さらにお笑いを観る機会が増え、私はこのお笑いブームに乗っかれたことについて、のりこに感謝した。

それから、のりこは関西の大学、私は地元の大学に決まったので、さらになかなか会う機会はなくなってしまった。
でも、柴田を見るたびに、私はのりこを思い出した。柴田に色々あったときも、コンビの活動を再開するニュースを見た時も、思い出すのは綺麗に大きく口を開けて笑うのりこの顔だ。
元気かなぁ、のりこ。

オンバトのおかげで品川庄司の品川にはまり、江戸むらさきのネタを高校の友達と真似しあったり、タカトシやNONSTYLEで安定の笑いを知り、ラーメンズ、ザ・ギース、ラバーガールでシュールレアリズムを知り、三拍子とチャイマで生涯の友を得た。色気はないけど、私の青春だ。
(社会人になってからはピース又吉に恋をし、そこから小説を読み漁る日々となるのだが、その話はまたどこかで。)

こんなしょうもないのに大袈裟な話、のりこに今してみたらどう反応するんだろう。困るかな。
でもしてみようかな。
よし、バンコクに行こう。
(のりこは現在結婚して、旦那さんとバンコクで新婚生活を送っている。)

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