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小津安二郎生誕120周年。秋刀魚の味は、どんな味?「秋刀魚の味」

公  開:1962年
監  督:小津安二郎
上映時間:113分
ジャンル:ドラマ
見どころ:繰り返す同じセリフ

前回に引き続き、小津安二郎生誕120周年を記念して、小津監督作品の紹介をしてみたいと思います。

気になった方は、是非以下の記事もご覧いただければと思います。

小津安二郎監督の代表作で特に有名なものといえば「東京物語」ですが、作品の評価もさることながら、遺作となった作品「秋刀魚の味」もまた、実に味わい深い作品となっています。

タイトルだけ聞きますと、美味しんぼのようなグルメな内容の作品に違いないと思うでしょうが、秋刀魚は一匹たりとてでてきません。

話しは違いますが、夏目漱石の代表作の一つで「彼岸過迄」というのがあります。
元日から始めて、彼岸が過ぎるくらいまでに書くということで名づけたという、それほどの意味のあるタイトルではないというのは有名ですが、それと似たようなものかもしれません。

次回作が常に待望されていた小津安二郎が、秋ごろだすつもりで、秋刀魚の味とした、というのだから、内容とタイトルが合っていないのもうなずける話です。

さらには、小津安二郎は「お茶漬けの味」なんて作品もだしているので、わりとタイトルは気にしない方なのでしょう。

さて、タイトルの話は別として、本作品もまた、小津安二郎生誕120周年を記念し、前回の記事で紹介した「晩春」と併せてみて頂きたい作品でもあるので、簡単に紹介してみたいと思います。

父と娘の物語

「晩春」においては、原節子が娘を演じていましたが、「秋刀魚の味」では、まだ映画デビューして間もない岩下志麻がでています。

小津調の特徴の一つとして知られる、淡々としたセリフ回しは、感情があまりこもっていません

その点、まだ新人だった岩下志麻は、かえって良かったらしいのですが、本作においても、そのやり取りの雰囲気は笑いを誘うものになっています。

ただ、「秋刀魚の味」については、娘が結婚したくない、という話だったのに対して、妻を亡くした男が、ついつい、娘を便利につかってしまうことによって、娘の人生を台無しにしてしまうのではないか、という危機感と、娘を嫁がせる父親の切なさを描いています。

多様化している時代において、結婚だけが人生の必要事項ではありません

ですが、こと本作品が作られた時代においては、女性が自立するにはまだまだ難しい状況であり、誰かと経済的に一緒にならなければ生きていくのに難しい時代だったこともまた事実です。

なぜそこまで、強制するのだ、ともやもやするところですが、そんな時代にありながら、違和感を提示する小津安二郎作品だからこそ、長く知られる作品になっているといえるのかもしれません。

ひょうたん、という先生

「センセイ、お嬢さんおられましたね」
「いやぁ、お恥ずかしい。私ははよぉに家内を亡くしまてな。娘はまだ一人でおるんですわ」

同窓会を開いた席で、それまで楽しそうにしていた先生の表情が急に曇ります。

ひょうたんと呼ばれる先生は、すぐに話題を変えますが、この人物も含め、父と娘の関係を色々な角度から描こうとしているのがわかってきます。

そして、父親役を演じる笠智衆が味のある演技をしてくれています。

笠智衆演じる父親は、恩師であるひょうたんの姿をみて、少しずつ気持ちが変わっていきます。

それまで、何の気なしに女性職員に対して、早く相手が見つかるといいね、みたいなことを言っていたのですが、そのことが重くのしかかってくるのです。

家事全般を奥さんに任せきりであった当時の人にとって、連れ合いを亡くした場合の影響は甚大です。

そこに、若い娘がいれば、家事含めてやってもらうのはやむ得ないことでしょう。

ですが、結果として、一定の年齢になったら家をでていくのが当たり前の時代に、いつまでも娘を家から出られない状況になってしまう。

作中では、結婚しないのか云々という話が何度も何度も繰り返されます。

この手の話にうんざりしている人もいると思いますが、作中における娘の気持ちは、「晩春」の原節子のほうがより、うんざり感に共感できるところです。

ですが、「秋刀魚の味」は、娘である岩下志麻は、結果として、父や家族のことを考えるあまりに、不幸になりかけていたことがわかるのです。

ひょうたんの娘の現実も、笠智衆演じる父親には影響を与えたと思いますが、同級生たちの存在もあります。

小津安二郎の遺作となった作品だけあって、晩年におけるコミカルである一方で、深い哀愁のある作品となっています。

軍艦マーチ

笠智衆演じる父親は、戦争中には駆逐艦の艦長だったことが明かされます。

偶然乗組員であった人物と再会し、お酒を酌み交わすのですが、そのあたりのやり取りはすごく長いです。

狭い艦内でも大丈夫なように、横に広がらない敬礼をし、軍艦マーチをBGMに乗組員だった男は誇らしげに歩きます。

「負けてよかったんだよ」

寂しげにいう主人公は、当時であっても安易に言っていいセリフだったのかどうかはわかりません。

ですが、かつて命を懸けて戦っていた人たちが、戦後において、うまくいった人もいれば、そうではない人もいる。

父と娘の関係もまたそうであり、嫁にださなければならないという強迫観念のような社会通念を信じるがあまりに、結果として不幸になろうとしているのかもしれない、というハッピーエンドではないエンディングに向けての伏線のように機能しているところが面白い演出です。

小津安二郎のススメ

個人的には、「東京物語」がお勧めですし、おそらく、まず見たほうがいいと紹介される作品ではあるのですが、現代と感性や時代性が変わってきている部分があることと、同時に、今だからこそ、よりはっきり違和感となる考え方がよくわかる作品となってます。

時代的にも白黒映画が多い監督ではありますが、カラーでまず見てみようとなるのは、やはり「秋刀魚の味」になるかと思います。

派手な物事は起きませんが、我々が生きている現実は、だいたいにおいてそのようなものです。

そんな誰にでもありそうな日常の中が、コミカルに切り抜かれている本作品は、小津安二郎監督の死後60年を経って尚、色あせるものでないところです。


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