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おじさん達の楽園「南極料理人」

公  開:2009年
監  督:沖田 修一
上映時間:125分
ジャンル:コメディ/料理
見どころ:べちゃ唐揚げと、伊勢海老フライ

何でも食べてみたいメ~

「宇宙よりも遠い場所」というアニメがあったりしまして、南極という場所は、行くだけでも途方もない大変さがある場所となっています。

堺雅人主演である「南極料理人」は、有名な昭和基地よりも1000キロほども離れた場所にあり、ペンギンもあざらしもいない人間が生活するにはあまりに厳しい場所、ドームふじ基地を舞台にした、中年男たちの楽園を描いた作品であると同時に、頭がおかしくなっていく様を描いた物語となっています。

原作は、実際に南極で料理人として生活した著者による、南極での生活を綴ったエッセイ集となっているのですが、映画版となった「南極料理人」は、そのタイトルは大きく異なった面白さを見せてくれる作品となっています。


料理人の苦悩

タイトルだけ見ると、南極での出来事を交えつつ、料理人が、美味しんぼ的な感じで、料理で問題を解決したり、人の気持ちを和ませたりする話でしょ、と思ってしまうのではないでしょうか。

半分は正解で、半分は間違いともいえないところですが、先入観をもってみると、少しもったいないことになるかもしれません。

堺雅人演じる西村は、海上保安庁からの出向で南極越冬隊に所属しています。

料理人として派遣された主人公ですが、他の隊員たちが食べる様子をみて、なんとも微妙な表情を浮かべます。

南極の話だから自分にはあまり関係ない、と思う人もいるでしょう。

ですが、ご家庭のみならず、全ての料理を作る人たちは共感してしまう内容となっています。

ちゃんと食べて欲しい

「南極料理人」は、もちろん、タイトルの通り、様々な料理がでてきます。

ブリの照り焼きあたりから始まり、フランス料理、中華料理から、創作料理のようなものまで、見ているだけでお腹が減ってくるものばかりです。

ですが、隊員たちは、それを、特別美味しいともまずいとも言わずに、それぞれの食べ方で口に運んでいきます。

主人公が味見を繰り返しながら、絶妙なバランスで味付けした料理に、どばどばと醤油をかけたり、マヨネーズをかけたりするのは当たり前、熱々の状態で食べて欲しいのに、どうでもいい話して、料理が冷めるのもお構いなしです。

それに対して、堺雅人演じる主人公は何もいわずに、へんな顔をしながら、眺めているのです。

なんとか好きなものを食べてもらおうとする主人公ですが、

「別に、飯を食うために南極に来たわけじゃないからさ」

と、言われてしまったりもします。ですが、料理を作る人間からすれば、おいしく食べてもらいたいはずです。

全ての主婦/主夫のみならず、台所に立つものとしては、堺雅人が何を考えているのか、痛いほどわかることでしょう。

四の五の言わず、ちゃんと、食べろ、と。

おっさんたちの楽園

主人公はあくまで堺雅人演じる西村隊員ではあるのですが、本作品は、南極の閉ざされた基地で2年近く、8人のおじさんたちが暮らす(原作では、9人)ということに面白さと、異常性が見られるところです。

南極での調査の為に、何年も準備してきた人もいれば、片一方で、何かの間違いのようにしてやってきてしまった人もいます。

ただ、南極で暮らす登場人物たちの多くは、大なり小なり、家庭に問題がありそうなことも見え隠れしてきます。

「自由だよな、ここは。ガミガミ言う人もいないしさ、何喰っても無料だしさ。息子は金せびってこないしさ。俺なんかあと、2、3年いても全然いいんだけどね」

ドクターと呼ばれる男は、南極での生活が気に入っています。

一方で、

「一緒に脱走しない? なんでこんなとこきたんやろ。俺はただの、車屋やっちゅーねん」

といって、南極での生活に消極的な人物もいます。

それでも総じて言えるのは、おじさんたちが、生き生きして楽しそうにしているところです。

仕事で南極にきているとはいえ、家族のしがらみから逃れて、食べては仕事をし、遊びを繰り返している姿は、とても、大の大人とは思えません

南極の雪の上に、いちごのシロップをかけて、そのまま食べてみたり、-70度という極寒の中で、全員パンツ一枚で写真を撮ってみたりと、少年に戻ったおじさんたちの生態を眺める面白さがあります。

狂いゆくおじさん

南極というところは、一日中明るい日もあれば、極夜(きょくや)と呼ばれる、一日中くらい日が続いたりもします。

北欧とかでもあるわけですが、人間は日光にあたらないと、少しずつ精神に異常をきたしていったりします。

家庭から離れ、遊んでいるように仕事をしていたおっさんたちも、極夜という条件と、それぞれが、心のよりどころにしていたものが無くなっていくにしたがって、おかしな行動をする人間がでてきます。

ラーメンが食べたい

おじさんたちが好きな食べ物といえば、ラーメンです。

簡単に物資が調達できない場所である為、長期保存可能な食材が沢山あるわけですが、それでも、物資には限りがあります。

実は、隊員たちが深夜になると、生煮えのラーメンを食べている姿が、西村隊員に目撃されていたりするわけですが、そんなラーメンもついに底をつきてしまいます。

ラーメンを心の拠り所にしていた、きたろう演じる隊長は、心が弱ってしまいますし、他の隊員は、バターをそのまま丸かじりしたりし始めます。

閉ざされた場所の中で、おかしくなりながらも、正気を保とうとする姿は必見です。

べちゃからあげ

人間の記憶を呼び起こすのに重要なもののひとつとして、匂いがあります。

匂いを嗅いだことで、ふとした瞬間の記憶が鮮明に思い出されたことはないでしょうか。

料理もまた匂いが混然一体となったものとなっていまして、思い出と一緒に語られる機会が多いものだったりします。

家庭では妻の料理に文句をつけていた堺雅人演じる主人公。

心が弱ったときに、隊員たちが作った唐揚げで妻のことを思い出すのですが、泣きながら油でべたつく唐揚げを食べる姿に、いろいろな思いがこみ上げてくることでしょう。

越冬後

本作品は、南極という大変厳しい場所で過ごした男たちを描いています。

ただ、堺雅人演じる主人公は、髭をそって、髪を切ったら、本当に南極にいったのかどうか、実感が薄くなっています。

日本に戻ってきたら、また、娘に尻を蹴られる、うだつのあがらないお父さんに戻ってしまう主人公。

脚本的に残念なのは、南極にいった主人公が、あまり成長していないという点です。

映画的であれば、少しだけ、妻の料理を手伝うだとか、子供の誕生日会の時に、自分から料理をつくると言い出すとか、何かあったら成長を感じられたかもしれませんが、結局、非現実から戻ってきても、さほどかわっていない、というところがポイントになっています。

「南極料理人」は、南極という場所で過ごした男たちの、情けなくも面白い日常を描いた作品として、大変面白い作品となっていますので、料理の話でしょ、と思わず、ぜひ、いろいろな思いを乗せながら見てみてもらいたいと思います。


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