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恐怖は演出に宿る。感想「ヘレディタリー/継承」


ホラー映画というのも色々ありますが、血が吹き出すようなスプラッターものや、ゾンビや幽霊が出てきたりするもの、謎の生物に襲われるものなど、様々な手法が存在します。


さて、映画「ミッドサマー」で賛否両論のあったアリ・アスター監督の前作であり、長編デビュー作品でもある「ヘレディタリー/継承」について、お化けが出てくるわけでも、多少の血がでるにしてもそれほどでもないはずにも関わらず、本作は実に怖い、です。


祖母の死をきっかけに、崩壊していく家族の姿が、フォークホラーの形式をまとってつくられています。

謎とか何とかはありますが、そのあたりは置いておいて、ヘレディタリーの演出の面白さを中心に感想&解説を述べてみたいと思います。

雰囲気の怖さ


アリ・アスター監督による「ヘレディタリー/継承」は、インディペンデント映画を対象としたサンダンス映画祭で激賞されています。


アスター監督は何よりも雰囲気づくりが抜群にうまいのが特徴的です。

「ヘレディタリー/継承」においても、13歳のチャーリーは、とにかく不気味です。

「あなたは、生まれたときですら泣かなかった」

と言われるチャーリーは、絶対に何かがありそうな雰囲気をもっていながら、それが何なのかはよくわかりません

カメラワークも面白く、カメラをさかさまにして写した構図が使われていたりと、見ている人間に、何か居心地の悪くなるような感覚を与えてくるのです。


化け物はでてきませんが、ずっと、何か悪いことをしているときの、嫌な予感といいましょうか。

悪いことが起きそうだな、という予感だけが映画のラストまで抜けないところが、アスター監督作品の、もっとも恐ろしい映画と評される理由の一つだと思われます。

人間の恐ろしさ

一家の母親であるアニーは、自分の人生をミニチュアにするアーティストです。

どういうことかと言いますと、母親を看病しているシーンや、自分の家で寝ている家族など、人生の様々な場面をミニチュアで再現しているのです。

自分の子供の死の場面すらも、ミニチュアでつくってしまうのは、芸術家にとってのでもあるでしょうし、そもそも、常軌を逸しているといってもいいかもしれません。

ちなみに、自分の人生を劇場で演じさせるという屈折した内容でいえば、チャーリー・カウフマンが監督をした「脳内ニューヨーク」を思い出すところです。


「脳内ニューヨーク」は、理想のニューヨークの中で、人生の様々な場面を演じさせて、人生をやり直すという屈折した男を描いています。


「ヘレディタリー/継承」におけるアニーもまた、ミニチュアと演技の違いはあれど、自分の人生そのものにのめりこんでしまっている人物です。


浮き上がる家族関係


息子であるピーターは、一見大人しそうではありますが、バリバリドラックを吸ったりしています。

本作品は、悪魔教を崇拝する謎のカルト集団との繋がりが発覚してしまうあたりで、物語の恐怖がかわっていってしまうのですが、それまでは、誰が正しいのか、狂っているのかわからないところに恐怖の根源があると思います。


ピーターは、連れて行きたくもない妹をパーティに連れていかなければならなくなり、適当に放っておいた挙句に妹がアレルギーで呼吸困難になってしまいます。

さらにタイミングが悪いことに、慌てて病院に連れて行こうとしたときに、道路に横たわっていた動物の死体をよけようとして大変な事がおきてしまいます。


ピーターは、その後、車の後ろを振り返ることができません。

いたたまれなさ、どうしようもない後悔などが、ありありとわかります。

映画は誰かの人生を覗き見るような側面もあるわけですが、人生においては、自分のちょっとした怠慢であるとか、不注意で取り返しのつかない出来事が発生することがあるものです。

「ヘレディタリー」のピーターは、取り返しのつかないことをしてしまったことで、精神がどんどん追い詰められていってしまいます。


他人からみたアニー


アニーの夫は、本作品の中では一番の常識人です。

情緒が不安定な妻のバランスを取りながら生活していましたが、後半ではその妻を信じられなくなっていきます。


この手の内容については、心霊現象などを含めて、当人にとっては真実であったとしても、その怪異や奇跡に出会っていない人間からすれば、それは、妄想の類にしか思えないことです。


アニーが必死になって家族に要求するのは、日本でいうところのこっくりさんのような儀式です。


そのあたりから、アニーは実は夢遊病者であり、息子と自分にシンナーをかえて、あぶなく焼死してしまいそうになる、という出来事があったことがわかります。


情緒不安定で何をするかわからない人間が、母親の死をきっかけに、精神をやんでしまう。十分にありえるシナリオです。

心霊現象が真実なのか。

当人にとっては、それが事実だとしても、それを判断する人間の認知がすでにおかしくなっていたならば、それを正しいと決めることは、かなり困難になってしまいます。

ましてや、夫からすれば、妻が正気であるかの判断などできようはずもありません。

いったい何を信じればいいかわからないなか、嫌な予感ばかりが積みあがる演出や雰囲気は、アリ監督の見事な技術力といえます。


参考映画


ヘレディタリーをみていると、「ローズマリーの赤ちゃん」を思いだす人もいるのではないでしょうか。

アリ監督自身も、参考にしたいう話をしていますし、その内容や雰囲気が似るのも已む得ないところかもしれません。

ロマン・ポランスキー監督による「ローズマリーの赤ちゃん」もまた恐ろしい話でして、悪魔崇拝者によって、何かをされた妊婦の主人公は、どんどん追い詰められていき、生まれた赤ん坊は、果たして悪魔なのか、という物語です。

自分の認識というのが、他人によってゆがめられてしまう恐怖を描いていますし、何を信じればいいのかわからなくなり、しかし、本当は自分のほうがおかしいのではないかという恐怖の中で、神経がおかしくなっていく姿をミア・ファローが見事に演じています。

話はずれますが、アンジョリーナジョリー主演「チェンジリング」なんかは、行方不明になった息子が見つかったのですが、まわりの人間は、それが自分の息子だ、というのに対し、主人公だけは、それが、息子ではないとわかる、という話になっています。

人間の脆さというのがわかるところです。

ヘレディタリーにおいても、ピーターは、妹への罪悪感なども含めて、どんどんおかしくなっていってしまいます。

物語として

「ヘレディタリー」は、そのあらすじだけを追ってしまうと、よくある悪魔崇拝者による、オカルトな儀式の一環と思ってしまいますが、とにかく、その演出にこそ、面白さがあります。

「イットフォローズ」などでも、何かよくわからないものが追いかけてきて、追いつかれてしまうと死んでしまうという内容となっていますが、特別に何かをしてくるわけでもなく、遠くから寄ってくる、というのも恐ろしいところです。


「ヘレディタリー/継承」血しぶきがあるわけでも、驚かされたりするわけでもないのですが、とにかく、恐ろしい気分が積み重なる映画として、非常に、おもしろいホラー映画となっています。


以上、恐怖は演出に宿る。感想「ヘレディタリー/継承」でした!


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