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リスタート

映画「浮草」

もし顔を好きにとりかえられるなら、あつかましいですが、若尾文子様の顔がいいです。
若尾文子様は大映のスター女優で、谷崎潤一郎原作×増村保造監督作品で知られていますが、一本だけ小津安二郎監督作品に出演しています。
小津が唯一、大映で撮った「浮草」です。
芝居一座の親方、親方の今の彼女、親方の昔の彼女による三角関係ドラマは語り尽くされているので、ここでは若尾文子様が演じたカヨちゃんの立場に立ってみます。カヨちゃんは芝居一座の踊り子です。

完璧に左右対称なお顔だち

踊り子のカヨは一座とともに、とある港町にやってきました。一座の親方は客の入りしだいでこの町に長逗留したいようですが、客入りはぱっとしません。ある日、カヨは姉御のスミ子から、おこずかいをあげるので郵便局のイケメンを誘うようにと言われます。カヨは「わたしにそんなことできるかどうか」と言いつつ、郵便局に行って、イケメンを誘いだすことに成功します。誘いだしたでは済まず、イケメンはカヨに恋してしまいました。カヨはわたしはそんな、あなたと結婚できるような女じゃないのと身を引こうとしますが、イケメンは引くどころか押してきます。
親分はカヨとイケメンとの逢瀬を知って、激怒します。イケメンは親分の隠し子だったです。スミ子は隠し子の存在を疑り、親分の昔の愛人への嫉妬から、カヨにイケメンをそそのかすように仕向けたのでした。
反省するカヨ。
カヨは親分によって、一座から追放されてしまいます。
ところが、座員のひとりに持ち逃げされ、全財産を失った親分は一座を解散することになりました。行くあてもない親分に、カヨはこれまでお世話になったのだから、これからもついていくと言います。カヨのけなげさに打たれた親分は息子とカヨが一緒になるよう、自分がここを出ていくと、カヨをイケメンに託して去っていきました。カヨはイケメンと、イケメン母との、新しい生活が始まることになりました。よかったねカヨちゃん。

郵便局へ逆ナンしにきたカヨちゃん

この作品の時代設定は「終戦直後に来て、それから12年経った」という親分のセリフがあるので、昭和32年前後です。季節設定は夏で、カヨもスミ子もよく浴衣を着ていますが、それがたいてい白い浴衣。カヨは白の浴衣に博多織の名古屋帯を締め、帯揚げ帯締めをして、イケメンに会いにいきます。いまはカラフルな浴衣が多く、白地の浴衣はあまりみかけないのでかえって新鮮です。

カヨはイケメンと結ばれましたが、愛人宅を去った親分はどうなるのでしょう。駅で時間をつぶしていると、そこにはスミ子がいました。知り合いのいる桑名に行くという親分に、スミ子はついていくと、片道切符を買います。
親分は「最後に会ったときは五十肩が痛い痛いと言ってけど今はどう」と12年ぶりに会った愛人に聞かれ、「今はもう大したことない」と答えるやりとりが劇中にあります。ということは、親分は還暦過ぎです。
仕事を失い、無一文、持ち物は風呂敷包みひとつだけ。決して若くもない。桑名に着いても身を寄せる場所があるかどうかなんて、わからない。それでも、汽車の中で、二人は前途を祝し、酒を飲んで予祝します。この先どうなるかわからないけれど、絶望するのではなく、前に進もうとします。

スミ子(京マチ子)と親分(中村鴈治郎)。
親分は「なにしてけつかむ」が口ぐせ。
鴈治郎は中村玉緒さんのお父さん

見出し画像は、浴衣を着たときに横着して足元をエアリフトで済ませた図です。カヨやスミ子のように浴衣を小粋に着こなせるようになるのは、まだ程遠いです。