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退職の日に

映画「ラスト・シフト」

主人公はミシガン州アルビオンという片田舎に暮らすスタンリーという白人男性です。「オスカーの店」というハンバーガーショップで、高校中退後、38年間、ナイトシフトで働いてきましたが、このたび退職して、フロリダにいる母親と同居することに。
二番目の人物は刑務所を出て保護観察の身となったジェボンという若い黒人男性です。ジェボンには妻子がおり、職を得ないと刑務所に戻されるため「オスカーの店」でスタンリーの後任として働くことになり、二人は出会います。

ハンバーガーショップの仕事の後任に現れた
のはハンバーガーに興味のない若者で……

この映画は、スタンリーからジェボンへ、仕事の引き継ぎをする数日間を描いています。面白いのは、二人の価値観が全く違い、ことごとく意見がぶつかることです。
スタンリーは時給13ドル75セントのこの仕事に満足していて、ハンバーガー作りにも誇りを持っていて、オレはチキンとフィッシュを同時に扱えるとジェボンに自慢します。ジェボンはこんな夜勤仕事を38年も安い時給で続けたスタンリーの気が知れません。(ジェボンの初時給は9ドル台)
若いジェボンはジャーナリストになる夢があり、熱い主張を持っています。スタンリーはスタンリーで、白人は特権階級であるというジェボンの主張を全否定します。
このかん、スタンリーには、まるでフロリダには行かないほうがいいよと言わんばかりに、悪いアクシデントばかりが起こります。それでも意固地にフロリダ行きを決行するため、スタンリーは思いがけない行動に出て、それゆえジェボンはひどいとばっちりを受けることになるのですが。

スタンリーのつくるハンバーガーはたしかにおいしそう

スタンリーを演じたのは1947年生まれのリチャード・ジェンキンス。およそ20年前の映画「ザ・コア」では精悍な軍人役、近年は「シェイプ・オブ・ウォーター」の親切なゲイの隣人役などで知られています。ちなみに日本だと団塊の世代に当たり、高田純次や寺尾聡、西田敏行と同い年です。
スタンリーの最終出勤日、店長から給料と送別の品を受け取り、店を出て一人になってから送別の品を開けるシーンを見て、わたし自身の最終出勤日の経験を思い出しました。勤めていた雑誌編集部の最終日は深夜まで残って、ひたすら残務整理でした。同僚の若い男子が「もう先に帰っていいですか」と帰っていったのを覚えています。そのあと就いたいくつかの短い仕事は、送別会をしてくださったり、花束や寄せ書きをくださったり、全くなにもなく終わるところもありましたが、そんなに何度も経験しないほうがいい人生のイベントと個人的には思います。

ミシガンには行ったことがないのですが、スフィアン・スティーヴンスの「ミシガン」というアルバムが好きです。スフィアン・スティーヴンスは映画「君の名前で僕を呼んで」の主題歌で有名です。「ミシガン」の次は「イリノイ」が出て、イリノイの次はどこの州のアルバムになるか楽しみにしていたのですが、州もののリリースは止まり、かわりに「アメリカ」という楽曲を含むアルバム「ジ・アセンション」が出ました。
「ラスト・シフト」の劇中では、スタンリーの親友がミシガン州アルビオンのことを「クソ貯めみたいな街」「こんなところ、誰も来ない」と言い、スタンリーは「サイダーミルがあるじゃないか」と故郷を擁護していました。
ミシガンのサイダーミルとは、たぶん、名産であるアップルサイダージュースの工場のことと思います。