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学生時代、国鉄で乗客案内のアルバイトをしていた頃のお話。 (その1)


たたき上げO助役と、秀才T助役

どちらが優れていると言うお話じゃなくて。
経歴は違えどこの2人、Fラン学生の私から見れば眩しい存在だった。

英語、わかんねェ

乗客案内掛としてホームで立っていたある日の事。
外国人の2人連れがキョロキョロしている。
「Can I help you」なんて言葉が出る筈も無く、出来の悪い学生の私は、柱の影に隠れ、忍者の如く気配を消していた。
が、彼らは私をみつけ、こちらにやって来た。
どこかへ行きたいのだろう、何やら喋りまくっている。
オマケにネイティブ、原語だ。学校で先生が教えてくれるカタカナ英語とはワケが違う。
向こうは英語で書かれた地図、こっちは支給された時刻表を出して、身振り手振りで意思疎通を計ろうとする。必死のパッチである。

聞き取れたのは「Thank You」だけ

口から魂が抜けかけた頃、運良く T助役が通りかかった。
(この人は高学歴で思慮深いと言った印象、それでいて、気さくに学生の面倒を見てくれるから人気が高い。)
小さく手をあわせると、こっちに来てくれた。
彼の外人と言葉を交わす事数秒、爽やかな笑顔で彼らを送り出していた。
「Thank you」これだけは聞き取れた。
T助役に「ありがとうございます。英語、さすがですね。」と言ったら。
「わしなんか全然やぁ、O助役見てみィあの人の英語はホンマモンや、簡単な英会話やったら、あの人に教えてもらうとエエわ」

生きて行く為の英語

後日、
休憩時間に O助役にその事を話したら、「わしかぁ、ワシの英語は、進駐軍仕込みやから、ちょっと荒っぽいでェ」と言われた。
興味本位に聞くと、国鉄に入りたての頃、進駐軍専用列車に乗せられたそうな。
「そんなモン、相手ピストル持ってるさかい、下手な事でけへんし、こっちも必死で英語覚えるしかなかったんや。」 
活きた英語、それは生きてゆく為の英語だった訳だ。

実際、O助役の英語を聞くと Yes の後に sir が付く事がある。イエッサーである。
軍隊用語かと思ったら、穏やかな口調で喋ると、「承知しました」と少し丁寧な言い回しになるという。

「せやけどなぁ、ワシ、英語書かれへんねん、喋るだけや。」とも言った。
一緒に聞いていた学生バイト連中から「なーんや」とチャチャが入る。
「お前ら、どっちもあかへんやんけェ‥‥のォ」
のォ‥って、
後ろを振り返ると T助役が笑いを堪えながら立っていた。
休憩はここで終わり。
O助役、T助役、起立して敬礼、報告と打ち合わせが始まった。

勉強のレベルが違う

小荷物のバイトにて

一度だけ、小荷物掛のバイトをやった事がある。
駅で荷物列車から降ろされた荷物を仕分けする他、お客様から荷物を預かったり渡したりと、窓口業務もやっていた。
日勤は6名、夜勤は4名だったろうか。
0時過ぎの荷物列車の扱いが終わると、4時頃まで仮眠が出来る。
仮眠室は2段ベッドが2つの4名部屋で、この日は職員のS君と2人で先に仮眠を取ることになった。
(別の2人は時間をずらせて仮眠を取る)
風呂で汗を簡単に流したらサッサと寝ないと仮眠の時間がどんどん削れてしまう。

消えない電気

私は上段のベッドに潜り込んだ、部屋の電気は消されたが、下段のS君のベッドの電気は点いたままだ。
マンガでも読んでるのかと思ったら違った。
なにやら一生懸命書いている。
そっとしておこうかと思ったら、ひと段落ついたらしく、うつ伏せから横になって体勢を変えたS君と目が合った。
気まずかったが、聞いてみた。「何やってんのぉ〜」
「んん‥ 試験が近いから、ちょっと覚えとかんとぉ」
どうやら国鉄という所は、昇進するなら試験は避けられないし、資格が無いと出来ない仕事だってある。
ある意味厳しい職場だ。
高校では、やんちゃ出来ても国鉄に入ったらそんな雰囲気は微塵も無かったそうな。
それより、「誰に言われるとでもなく、勉強している自分に驚いている」と言っていた。

根本的な違い

彼と私は、ほぼ同じ年齢だ。
ただ、こっちは大学生で、親のスネをしゃぶりつくして単位が取れれば良い程度の勉強している。
彼は、高校卒業後、国鉄の職員となって生活の為、将来の為に勉強している。
格の違いを見せつけられ、小さくなってそのまま布団を被った。

お守りの筆箱

試験で上機嫌

「オッス」‥  珍しくF運転主任が上機嫌で休憩室に顔を見せた。
制服を着ているが、いつもよりパリッとしている。
何やら今日は昇進試験だったらしい。
ここは、あーだったこうだったと、近くの職員と話している。
その内、こちらにやって来た、鞄の中から青い小さな筆箱を取り出して見せてくれた。

いつも一緒

「コイツはナァ、俺が高校時代から使ってる筆箱やねん、試験の時はいつもコイツと一緒や。」
青く透き通ったセルロイド製で、鉛筆数本と消しゴム位しか入らない本当に小さな筆箱だ。
大切に、でも30年以上使われている筈だが、その青さと透明感は妙に瑞々しく神掛かって見えた。
余程試験の出来が良かったのだろう、F運転主任は、饒舌に喋り続けている。
青い筆箱は、そんな氏を見守っている。

皆さんも身の回りに無いですか? 何十年も使い続けている品物とか、「ここ一番」という時に持って行く物とか。

悪目立ちした職員がいる一方。

酔っ払い運転で、悪目立ちした職員のせいで国鉄は批判されたが、大半の職員は寡黙に勉強し、努力していたのだった。

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