甲子園の“正直者”

今年も高校野球の季節がやってきた。第94回選抜高等学校野球大会、通称「春のセンバツ」。3月18日の雨天順延を経て、翌19日から開幕した。これを書いている20日(日)は大会2日目だが、初日から既に熱い戦いが繰り広げられている。
初日の第二試合・和歌山東-倉敷工、第三試合・クラーク記念国際-九州国際大付属の2試合、そして2日目の第二試合・近江-長崎日大の、2日間で計3試合が延長戦、内1試合はタイブレーク突入という大熱戦ぶりだ。

高校野球好きなら誰もが知っている言葉、「甲子園の魔物」。
甲子園では、終盤に大逆転劇が起こったり好選手が凡ミスをしてしまったりと、「奇跡だ!」とか「ありえない…」と言われるプレーが往々にして起こりうる。そういった通常では考えられないようなことに対し、ファンは口を揃えて「甲子園の魔物だ」「やはり魔物が潜んでいたか…」などと言う。

まだ2日しか経っていないが、その“魔物”ぶりは今年も健在だ。先に言ったように、大熱戦の延長戦が続く今大会。初日の第二試合・和歌山東-倉敷工、2日目の第二試合・近江-長崎日大は、いずれも結果的には差がついた試合となったが、スコアが一気に動いたのは延長戦突入後のことだった。和歌山東は11回表に一挙7得点、近江はタイブレーク突入後の13回表に4得点を挙げ、それぞれ勝利を収めた。
投手の安定感がなくなったり、打線が火を噴いたりと、それまでの緊張状態が一転し、一気に「勝負あり」というような点差がついた。それこそ“魔物”が登場したかのような勝負のつきかただった。

そんな中、今日の試合で「甲子園に潜むのは魔物だけではない」と思わされたシーンがあった。

プロ野球やMLBには、ビデオ判定の制度がある。日本とアメリカで多少のルールの違いはあるが、際どいタイミングの判定に対して納得が行かなった場合に異議を申し立てることが出来る。様々な場所に設置されたカメラを駆使していろいろな角度から見ることで、正しいジャッジが下される。
この制度によって、いわゆる「誤審」を減らせる可能性が高くなる。「審判の判定は絶対」などと言われることもあるが、人間のやることに絶対はなくミスは起こりうる。この制度が導入されたことによって、より正確なジャッジが下されることが期待される。

しかし高校野球にはこれがない。毎年疑惑の判定が起こるのだが、それに対する異議申し立ての制度が何もない。ジャッジが覆るには、おそらく審判側が自ら誤りを認めることしか方法はない。僕は個人的に、そういった審判の誤審も含めて「甲子園の魔物」と呼んでいるのだが、今大会も奴は出てきた。

初日の第二試合・和歌山東-倉敷工、8回表和歌山東の攻撃。2アウトの場面で一塁ランナーが二盗を試みた。下されたジャッジは「アウト」。しかしリプレイを見ると、明らかにランナーの足がベースに入った方が先で、その後にタッチがされていた。どう見ても「セーフ」で、これは僕だけかな?と思ったら、案の定、その判定にネットは荒れていた。「今年は初日から魔物が出てきたかー」そんなことを思っていた。

そして本日、第一試合・広陵-敦賀気比の試合。4回裏広陵の攻撃、ノーアウトランナー一塁の場面。送りバントを試みたバッターの打球は、一塁線ギリギリを転がった。この打球を球審がフェア、二塁塁審がファウルを宣告。一塁ランナーは二塁塁審のファウルのジェスチャーに従い帰塁。しかし実際はインプレー中で、これによりバッターランナーがアウトになった後、一塁ランナーも挟殺でアウトに。
このプレーに球場は騒然、4人の審判が協議を行う事態となった。そして協議の後、判定が覆り一塁ランナーの進塁が認められた。

未だ場内が騒然とする中、球審がプレーの説明のためにマイクをとった。「また今日も魔物が出てきたか」昨日に続き、僕はそんなことを思っていた。だが、この後球審の尾崎審判から出てきた言葉に驚きを隠せなかった。

彼は、アナウンスの中で「大変申し訳ございませんでした」と謝罪の言葉を述べたのだ。自分たちのミスを認め、丁寧な言葉で今さっき起こったプレーの説明をし、そして謝罪をした。判定が覆り、犠打が認めらた結果1アウトランナー二塁からのプレー再開となった。

こんな光景、見たことがなかった。はっきりとアナウンスの中で、「私たちの間違いでした」という球審を僕は見たことがない。

ビデオ判定がない高校野球だからこそ見られた光景に、心が打たれた。こうして自身の間違いを素直に認め、はっきりと説明する。人間としては当たり前のことかもしれないが、ジャッジ制があるスポーツではなかなか見ることの出来ない光景。こういった光景が、プロ野球でもMLBでも、そして他のスポーツでも見られるようになってほしいものだ。

#球春到来

○参照記事


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