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隣人ロマンス

先日、マンションの隣人にご挨拶に行った。

息子が産まれ、これから騒がしくなるかもしれないのでお菓子を持っていくことにしたのだ。
しかしラッキーなことに、両隣はどちらも息子を育てたお母さんだ。男の子の騒がしさ大変さなど理解がある。しかも両隣だけでなく真下の階も男の子ママだ。「元気が一番だから…どんどんうるさくしてくださいね(^^)」と言ってくれた。女神か。私の目には後光が差しているように見えた。

1人目のお隣さんは男の子2人がいる。もうだいぶ大きいはずだ。私が中学生の時に今のマンションに越してきたのだが、その時は坊ちゃん2人ともやんちゃ盛りで年齢的には大きくても幼稚園児くらいだったと思う。毎日のように泣き声と、ママの怒り声が聞こえた。あまりにも凄まじく泣くし、家の前に立たされて「ママァァーーーッッッママァァァァーー!!!ごめんなさあああい!!!!」と叫んでいるので、一時期は本当に虐待なのかと思って何も知らない中学生の私は母に相談したほどだ。すると母は呆れ顔で

「ほんとにわかってないわね、あんたも男の子育てたらわかるわよ」

と言ってきた。自分も女2人しか育ててないくせに、とは思ったが黙っておいた。そして今、私はこれからあんな風に怒鳴ることになるのだろうなと覚悟している。どうやら男の子という生き物は言ってもわからないらしい。


そしてもう1人のお隣さんはというと、
息子はもうとうに家を出ている。
それもそのはず、よく考えたら私と同級生だったのだ。


ここでふと私は思った。



これが漫画だったら……ラブロマンスが生まれるところじゃないか?と。



隣と言っても玄関のドアは向かい合っている作りだ。登校時間が被り「あ……お、おはよ///」と朝一のときめきをお見舞いされることもあり得た。もっと言うなら、私たちは親しくなり、朝起こしに行く仲になることもある。ある日寝坊した私はダッシュで学校へ向かい、息を切らしながら到着したあと彼に言うのだ。「ちょっとぉ〜!!なんで起こしてくれなかったのよ〜〜!!」それに対し彼は「何度も起こしたっつーの!遅刻するから先に行くぞって声掛けただろ」とやれやれ顔を向ける。ちなみに現実の私はそこそこ朝が強く寝起きが良い。

機嫌を損ねた私は放課後までプリプリしていて、帰り道は「ついてこないでよ!」「しょうがねえだろ!同じ家なんだから…」というやり取りを交わす。しかし家に着いてしばらくするとインターフォンが鳴る。「まだ怒ってんの?ほら、これでも食って機嫌直せ」と彼にケーキを渡されると私はすぐにご機嫌になり、ケーキを頬張るのだった。それを見てやはり呆れ顔になる彼だが、その表情にはどこか愛情が見え隠れしている。そんな日々の中、ひょんなことから私の両親は海外旅行へ行き、彼の両親は親の介護の為田舎に帰る。私たちは2人きりになってしまい、ドキドキライフが始まる……… そんな時に停電が起こり、部屋は真っ暗に。怖くなった私は震えている。ちなみに現実の私は停電でもわりとワクワクする方だ。

そんな私を見透かしている彼は私の家を訪ねてくる。強がりを言うが側に寄り添ってくれる彼。いつも何とも思わずに接していたが、大きな手やしっかりとした腕、自分より遥かに高くなった身長…… 暗がりの中、初めて感じた「男」に私はドキドキしてしまう。妙な空気になった途端、電気が戻り部屋が明るくなる。
「…ん?なんで顔赤いんだ?」「な、なんでだろー!ちょっと暑いかなあはは」と笑い飛ばし、彼に背を向ける。耳まで赤くなった顔を隠しながら………。

彼を意識しつつも、想いを告げないまま卒業する。そうして大人になっていき、彼と私はそれぞれ東京で一人暮らしをすることに。今日でいよいよ隣人でいられる最後の日。お互い新たな門出に向けて踏み出すのだ。ちなみに現実の私は一人暮らしをしたことがない。

「じゃ、じゃあ、またね」
「お、おう…」
お互いの気持ちをやや認識しつつも、長年の関係を変えてしまう恐怖からなかなか想いは伝えられずその日を迎える。とうとう言えなかった。私の心は後悔で満ちる。それでももう遅い。きっと東京ですぐに彼女が出来、新しい家にその彼女を呼ぶのだろう。
「バカだなぁ、私………」
溢れる涙を堪えられず、桜と共に私の恋も散っていくように感じた。ちなみに現実の私は告白してからがスタートだと思っているので心の内に秘めた恋心などひとつもない。

そうして迎える、東京での初めての朝。

「はあ、、もう起こしてくれる人、いないんだよね……」

センチメンタルに陥りつつも、くよくよしてはいられない。区切りをつける気持ちで、新居のドアを開けるのだ。

(あ……そういえばお隣も最近越して来た人なんだっけ…………)

ガチャ

外に一歩踏み出すと、隣の家のドアも同時に開く音がした。顔を上げると、そこには見慣れた顔。


「え………」
「え………」



「ど、どうしているの!?」
「いやこっちのセリフだよ!なんでお前……!」
「………」
「………」
「…ふふ」
「……ははっ」


私たちは同時に笑い出した。


「どうやらまた、朝起こしてやらないといけないみたいだな」


                〜fin〜



ちなみに現実の私は彼の下の名前すら知らない。



というかこんなグッドモーニングコールみたいなことがあり得るわけがない。(ここでグッドモーニングコールがわからない読者は私と同年代ではないだろう)
実際に越した先でも隣り合わせになったとしたらまずストーカーかと疑うと思う。

現実は一度も同じクラスになることもなく、私の記憶が正しければ言葉ひとつも交わしたことはない。この世界ではそう簡単にロマンスの神様は微笑んではくれないし、ラブストーリーは突然に始まらないのである。リアルなどそんなものだ。


ただ感じの良いお母さんに挨拶をしながら、
話したこともない彼に思うことはある。

「たまには顔見せに帰ってこいよ」

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