アニメ「ペルソナ5」26話(終)で初めて流れるOPの感想(とりあえず投稿)

は~~い、めっちゃクソヤバいですねーーーー。(絶賛しすぎて語彙力…。)
これこれ!!!!!!!
こういうアートっぽいのが見たかったんですよ!!!!!わたしは!!!

あのね、この、立ち向かうかんじ、すごくペルソナ5ですね。
ここにきて、やっと、私の見たかったこういう本質的な話になって来たな、と!

ぃや~、ステキ✨(*´▽`*)✨✨✨
髑髏(ドクロ)、骸(むくろ)、、、そういった「死」っぽいモチーフがふと最後の方出てくるのもすごく好みです。
実は昔はドクロとかもあんま好きじゃなかったんですけど、ここで見ると、
ドクロそのものが指しているものが違う気がするんです。
これは、「死」の物語じゃないんです。確実に、生(せい)の、「生」のための物語なんです。
個人が、これから生きていくために。ただ生きるだけじゃない。
「活きていく」、そのために。 だから、これは生の物語なんです。


いつか人は死にます。これは私自身最近実感していることでもあります。皆さんもそうだと思います。永遠はあります、
ありますが、それは変化という渦—―流れが、動きがあってこそなんです。
変化する、生きる、今ここを生きる。誰が?——自分が、です。
だれが。自分が、なんのために、生きるのか。誰のために、生きようとするのか。
その「動機」――原動力、それは何なのか。
これじゃないですかね。自分が納得できるか、否か。
自分が納得できる生き方をちゃんと自分の責任で掴んでいくということ。ちゃんと一番を選んでいくということ。
かなり脱線しましたが(笑)今だからこそ、こういうメッセージも映えるのかな、な~んて思います。ペルソナ5にかこつけました?が(笑)

で、立ち向かう、というとですね、なにに「立ち向かうか」。
これがすごく重要なんだと思うわけなんですけども。
ズバリ、「自分自身」。その醜悪に見えるものすべて、です。
醜悪—というのも、まあただの主観なので善悪もクソもないのですが。
ぜんぶ、ぜんぶ請け負って生きる―――これですね(*'▽')
常識ってなんなのか。
世間の正体とは。
何から逃げてきて、その正体とはなんなのか。
それらを疑うってことだと思います。そして自分を信じる。やー、カックイイですね!

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