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【ミスチル自分史】(10) 重力と呼吸

トップ画像は、corocoroccoさんからお借りしました。ありがとうございます!


自分にとって35歳という年齢は、人生の大きな節目のひとつだ。10年勤めた会社を退職して無職になった。2人目の子どもが生まれた。大学に通い始めた。生活リズムはガラッと大きく変わった。

それがアルバム「重力と呼吸」の頃だ。

「重力と呼吸」という言葉が持つ意味について、気になったけれど、特段調べたわけではない。インタビュー記事を読んだわけでもないし、ネット情報を漁ったわけでもない。

だから的外れかもしれないけれど、なんとなく自分で「こうなのかな」と思っていることを書いてみる。

しばらくアルバムを聞いているうちに、ふと「重力」も「呼吸」も、人間には必要なものだなと思った。重力があって、私たちは地球にしがみついていられる。呼吸が止まれば、どんな立派な人間でも数分間で息絶えるだろう。ただ生きるために、水や食料以上に、重力と呼吸は必要だ。

そして、重力も呼吸も、そこにあって当たり前のものであること。日常生活の中で気にかけないし、意識していないと、そこにあることを感じることもできない。そして、意識を向けてみると、確かにここにあることを私たちは知る。

そういうものは、きっと重力と呼吸だけじゃない。日々いろんなものを見逃している。小説「幸福な食卓」(瀬尾まいこ作)で、主人公である中原という女の子に対して、友人の男の子は言う。

「すごいだろ?気づかないところで中原っていろいろ守られているってこと」

35歳。仕事においても家庭においても大きく変化している中で、さまざまな人のつながりや、家族の理解と支え、自分の心身の健康について、そのありがたみに気がついた。

真新しい環境に挑む。人と違う人生はなかなかしんどい。自分ではいけると思いつつ、周りの目が気になったり、自分でも迷い挫けそうになることも多々あった。「皮膚呼吸」という曲は、そんな自分のそばにいてくれた。自分にしか出せない特別な音がある、と小さくつぶやきながら。

苦しみに息が詰まったときも
また姿変えながら
そう今日も 自分を試すとき
(「皮膚呼吸」/アルバム『重力と呼吸』)