キスの仕方がなっとらん

キスの仕方がなっとらんという理由で、旦那に大説教した。

旦那は出社する時と就寝前に、私と子にキスをする。それは過去に夫婦喧嘩したとき、「このままだと親子関係ばかりが温まり、夫婦関係が冷めてしまう。私を子どものお母さんとしてではなく、妻として、女として見ろ。キスをしろ」と私が発狂したことに由来する。

旦那はそれ以降、キスをしてくれるようになった。しかし、その様子を見ていると大いに納得できない。まず最初に子にキスをしてから、私にキスをする。そのあとにもう1回、子にキスをする。それは出社前でも、就寝前でも同じである。子は2回キスしてもらえるのに私は1回しかキスをしてもらえていない。なんだこの差は。私が可哀想ではないか。

さらにいうと、キスに何の愛情も込められていないということだ。旦那は物理的に皮膚と皮膚をくっつけてみました的なキスをする。ちゅっ、と湿度の高い色っぽい音がするようなこともない。しかも短い。旦那の体温が今日は高いか低いか感じ取ることすらできないうちに、超短時間で終了する。

旦那はそれを指摘されると、ぐうの音も出ないようだった。自分のキスにはロマンティックさがない。妻に言われたからしているだけの、義務的で事務的で機械的で、至極つまらない味気のないキスである。そして、子を優先していることに氣づいたようだった。きっと妻には義務を果たすためにしていて、子には愛情をもっているから回数に違いがあるのだろう。

こんな無味乾燥したキスがあるか。私はもっとあなたに愛されたいのに、可愛いねっていう氣持ちを全身で感じたいのに、お姫様扱いされたいのに、それが無い。バカですかあなたは。キスってのはねえ、愛情表現の一つでしょ。愛情がない、道ゆく他人にはしない行為でしょ。愛情がある恋人や家族にする行為でしょ。私とあなたの間に愛情があるから恋愛して、結婚して、子どもができたんだよ。愛情表現なくして、このまま棺桶に一緒に入りましょうとでも言うの?どの口が言ってんだよ。私、本氣で彼氏つくるよ。それをあなたが怒る資格なんか無いわ。1ミリも無いわ。

すると旦那は、そんなことしたら怒るよ、と言いながら、すでに怒り出した。

は?こんなお粗末なキスで世の中の女子の賛同を得られると思うのか。こんなキスしかできない男と暮らしていて女が幸福感を感じられると思うのか。無いよ。全然無いよ。

旦那は何も言えなくなっている。言えなくて結構。さらなる私の説教を、両耳かっぽじってよく聞け。

私はね、女のプライド捨てて、以前にキスしろって言ったのよ。ああ、恥ずかしい。よくもこんなことを女に言わせられるわね。あんた、それでも男なの。

もともと背の低い旦那がますます小さくなっていった。この男はつくづく学習意欲というものがない。旦那の聴いてる音楽が悪いんじゃないのか?頭の悪い、開き直ったバカ男のブルースばかり聴いている。女とのSEXを馬鹿なフレーズに乗せて面白がってるような歌詞の歌である。

女がどんなに社会的進出を果たそうと、経済的に独立しようと、精神的に支えてもらいたい、包容力のある男性がいいと思う氣持ちはあるだろう。少なくとも私はそうだ。なかにはそれを1ミリも望まない女もいるだろうが、今はこの際、どうでもいい。私は説教を続けた。

百歩譲って、世の中の女たちがあなたのしてるような無味乾燥キスをする男たちに対して、何も文句を言わず、それどころかキスしてもらえて幸せ、と捉えているとしましょう。しかしながら、私はそれに対して一切の譲歩も、同調する氣もないわ。同調圧力が発生したとしても力を込めて反発するわ。あんなキスはキスじゃない。そんなもんキスとは認めない。

旦那は蚊の鳴くような声で、うん、分かった、と言った。

うん、分かったじゃないよ。何よ、まるで私が冷酷な上司で、あなたが部下みたいじゃん。そんな態度されたら私が惨めじゃん。哀れじゃん。やってることは真逆だよ?私が小さな女の子で、あなたが大人で、小さい女の子のほうが「もっと愛情がほしい」って叫んでて、大人の方が「はいはい分かった」ってあしらってるようなもんだよ?

じゃあどうすればいいの、と旦那は逆ギレした。ほうら、やっぱりこの男は小者で浅はかで、馬鹿である。馬鹿も大馬鹿、総理大臣賞を受賞しかねないほどの大馬鹿野郎である。

馬鹿ですかあなたは。それを私に聞くの?私はキスの仕方がなっとらんと言ったのよ。そしたら解決方法を考えるのはあなたのほうだよね。無味乾燥してるのが嫌だと言われたんだから、愛情たっぷりに感じられそうなキスというものを考えるべきだよね。そのためにはどうするの?あなたの私を見るその目は何?愛する人を見る目じゃないわよ。面倒臭いなあ、長い話、早く終わらないかなあ、タバコ吸いに行きたいなあっていう目になってるよ。キスごときでくだらないと思ってるんでしょ。くだらなくないんだよ、私にはね。少なくともそんなキスされるくらいならされないほうがマシだわ。
キスってのはねえ、物理的に唇と唇が触れ合うもんじゃないんだよ。言葉に出さずとも相手の目を見て愛情を伝えながら優しくするもんなんだよ。そんなのも分からないの?ライターの元子にさらに詳しく解説されたいんですか?原稿用紙、何枚必要ですか?恥ずかしいよあなたは。私に捨てられても、誰にも拾ってなんかもらえないよ。

そこまで言いきって私は旦那の前に仁王立ちした。何も言わずに至近距離で旦那の顔を見る。旦那はおもむろに近寄ってきて、キスをした。むむむ、30点。なんという下手くそなキス。落第である。

やり直し、と申し渡すと、旦那は素直にやり直した。先ほどよりはマシか。45点。

たかがキス一つでこんなに妻から説教される男、説教させる男ってどうなんだろう。やっぱり私は男を見る目がないのか。だから近眼だし乱視なのか。結婚前はわりとハッピーでラブラブだった。旦那のことが大好きだった。でも今はそうじゃない。嫌いな部分が増えてるから建設的に考えて、なんとか対処しようとしている。旦那も馬鹿だが私はそれを上回る馬鹿で、近眼で乱視な女なのだ。来世ではもっと賢く、視力がよい女になりたい。