見出し画像

オーブン買ったら筋トレしよう

オーブンレンジを買ってからというもの、私はオーブン機能を多用している。ベイクドチーズケーキやビスケットンカツのほか、ぼちぼち他の料理にも使うようになった。コンロでガス火を扱う料理の方が好きだが、これはこれの良さがある。油を使う機会が減るし、焼けるまで見張っている必要もない。お知らせ音が鳴るまで放置しとけばいいし、その間に他にやりたいことが出来る。

一方の旦那も電子レンジ機能を使うようになり、「温度帯の違う食品を2品同時に温められる」というモードにとても喜んでいる。やはり、横幅が広く容量が大きい機種はいい。時間節約になり、早く温かい食事にありつけるのが嬉しいらしい。

しかし、ここにきて雲行きが怪しくなってきた。オーブンに取り憑かれていると、どうも体重が増えてしまうのである。それもそうだ。「何か美味しいものを作る」に意識が集まり、他のことがおざなりになる。さらに、作ったものを無駄にしたくない思いが強く出て、沢山食べてしまう。

これはいかんと思って氣持ちを新たにし、筋トレに取り組もうと思った。数年前、せっかく大減量に成功したのに、それが水泡に帰してしまうではないか。そんなのもったいない。あの血と汗と涙の日々をなんだと思っているのだ。

LじゃなくてMが着たい、Mが着られるようになったから今度はSが着たい、人に「痩せたね」って氣づいてもらいたい、「すごいね」って褒めてもらいたい、そんな浅はかな自分を愛おしいと思えるようになりたい。溢れる願望をぎゅうぎゅうに詰め込んで、日々に落とし込んでいた努力を、なんだと思っているのだ。

もう、欲しい服が着られず、試着室で泣かなくて済む。酔っ払った知人に「デブのくせに短いスカート履いてんじゃねえよ」と罵られなくて済む。もう、外出先でウエストのボタンが勢いよく飛んでしまう事故も起きなくて済む。

おそらく高校の部活で全国大会に出場する時よりも、大学受験の時よりも、免許の仮免を取る時よりも(運転下手だった)頑張った。人生でこんなに頑張ったことはないというくらいに頑張った。

目の前で旦那が唐揚げを山盛り食べようとも、我が子がクッキーまみれの口を近づけてキスしてこようとも、お隣さんが作りたての苺ジャムを大瓶に詰めて持ってこようとも、私は耐えて筋トレに励んだ。頭の中には松岡修造がいつもいて、「君ならできる!」「大丈夫!」という暑苦しいメッセージが流れ続けた。それを聞きながら、どこまでもどこまでもストイックに自分を追い込んだ。体重が目標値に到達した後は、それを3年維持してきたことも自信に繋がった。痩せたことはもちろん、言い訳を並べず目標に向かって全力投球できることを知れたのが良かったし、嬉しかったのだ。

私はキッチンを離れ、和室に行った。そこには姿見が置いてある。無表情のまんまそこに立ち、自分の脇腹をつまんだ。プニ。下っ腹をつまんだ。プニ。二の腕をつまんだ。プニ。あちこちつまんだ。プニプニ、プニ。

つまんでもつまんでもつまみきれない。なんでこんなにつまめるんだ?ハンバーグをこねる時の、ひき肉みたいだな。ひき肉っていえば豚肉だよな。私のここは豚肉なのか。女じゃないのか。もはや人間ですらなくなったのか。

段々とつまめることが心底、腹立たしくなってきた。オーブンに浮かれてる自分にも腹立たしくなってきた。過去の努力を、現在の怠慢が殺してどうする。

ほぼ衝動的にスクワットを始めた。なかなか太ももに効いてしんどい。以前なら一氣に30回はできたのに、10回過ぎたところで一旦休憩した。その後再開した。
さらに他のメニューにも取り組み、汗をかいた。なんでこんなに苦しいんだろう。なんでこんなにムキになってるんだろう。バカだな自分は。だけど、ムキになれなきゃ、豚肉になっちゃうんだぜ。

ゼイゼイハアハアしながら、キッチンに戻って水を飲んだ。一杯で足りないから二杯飲んだ。それから服を脱ぎ、シャワーを浴びた。ああ、筋トレとは、なんて疲れるんだろう。

翌日になって、姿見を見た。明らかに腹回りが引き締まったのが分かる。なんだ、やれば出来るじゃないか。ちいちゃんが自分のことを「YDK(=やれば出来る子)」と言っていたが、私だってYDKだ。大丈夫、これならリバウンドしない。うん、なんたってYDKだもの。少し増えた体重くらい、すぐ取り戻せる。安心して前進してゆけ。

さて、YDKだから、チーズケーキは2切れ食べようかな。3切れでもいいか。