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耳が痛い

先週、子どもが風邪を引いた。2日後に、私にもうつった。2人とも小児科へかかる。私はその後、喘息症状が悪化する。

風邪の終わりに喘息にかかるのが普段のコースだが、今回のコースは少し違った。風邪が終わる前、風邪の中盤で喘息にかかった。しかも、その時期にワクチン御殿にも行ったせいか、風邪はよくなるどころか悪化した。子どもだけが先に回復したが、私は2日間、ほぼ寝込んだ。

それからさらに2日間は、良くも悪くもない状態だった。

そして昨日の昼過ぎである。急に両方の耳の聞こえが悪くなった。なんだろう、鼻をかみすぎたせいかな。そのうち、右耳が聞こえなくなっていった。まるでプールに入ってしまったような、くぐもった感じだ。

それでも我が子が遊びをせがむから一生懸命、相手をしていた。夕方、子が腕の中で寝てしまった後、右耳の異常は進行した。耳管が内側から圧迫され、内壁が押し広げられている。まるで、耳管のなかで巨大な風船を膨らませているかのようだ。何だこれは。痛い。とても痛い。

旦那に言って子を預けると、私1人、寝室で横になった。痛すぎて眠れない。耳が痛くて眠れないというのは、人生で初体験である。これまで、耳の病気とは無縁のまま生きてきた。大好きなスキューバダイビングをするときも、耳抜きをするのがわりと得意だったせいもあり、水深が深くなろうが浅くなろうが、難なく調節可能だった。

そうか、耳が痛いという事象に慣れてないから、自分は辛いんだな、と少し前向きに捉えてみる。頭の中で、最近お気に入りの「松果体に良い(らしい)音楽」を思い出して脳内再生したところ、急に耳の痛みが軽減した。これは少し驚きである。やはり、痛みを、私は自分自身の手で拡張してるのだろうか。拡張して、旦那の同情をかいたいのではないか。つまり、痛みの半分は、思い込みが作用しているのではないか。

松果体に良い(らしい)音楽↓


そう思うと少し笑えた。私なら無意識にやりそうなことだ。昔から嫌なことがあるとお腹が痛くなるタイプである。じゃあ、この耳も、じきに治るかな…。

その思いは30分で打ち砕かれた。脳内再生も虚しく、耳の痛みは尋常ではないレベルに発展した。内側が焼けるように熱い。しかし、耳自体を触っても全く熱くない。よく分からないが、内耳だか中耳だか、奥まったところにある何やかんやが悲鳴をあげているんだな。診てもらわないと分からないやつだな。氷枕を作って右耳を冷やす。わずかにラクになった。

しかし、その後も異常は続いた。唐突に「ギュウーッ、パッ」という謎の解放音がして、耳穴が開けた感覚になり、聴覚が復活した。かと思えば数秒後に「グゴゴゴゴ」とくぐもった音がして、耳穴が閉じていくような感覚に戻った。それが複数回繰り返される。私はいよいよ耳の病気にかかったらしいと、不安が強まった。

簡単に調べると「耳管狭窄症」という病気がヒットした。多分、私のかかってる病は、きっとこれだろう。管が狭窄する感じ、字面の通りの現象だ。

こんなときに我が家の薬棚へ駆けつける。ここには過去に処方され、飲み残した薬を約2年間、保管している。こんなことは人には全くお勧めしないし、良いはずがなく、完全に自己責任で管理している。だけど、この日みたいに祝日の夕方に、まともに受診できないときにはとても助かっている。言ってしまえば薬棚ではなく、神棚だ。

神棚には沢山の神様がいる。その神様の一人、カロナール様がいた。いわゆる鎮痛剤である。一般的な市販薬の鎮痛剤と違い、喘息患者にも比較的安全に服用できる。

カロナール様を飲んで、15分ほどで効き目が出てきた。急速に耳の痛みが消えていく。ただ、気になったのが耳や頬、顎の筋肉が強張っていることだ。局部麻酔をしているときの感覚に近い。

カロナール様はこれまでの体感値から、4時間はもつ。ラクになっているうちに寝てしまえばいいのに、頭は興奮して寝られなかった。noteやTwitterを見ていると、フォロワーのみんながオリンピックの異様な開会式の話をして盛り上がっている。私も掲示板で投稿を続ける。こういうときに気晴らしがあるのは救いだ。我が家の階下でも旦那と子どもが同様に、オリンピックを観ている気配を感じた。

4時間経過しても、薬は効いていた。しかし、5時間半経過するといよいよ耳の奥の火照りを感じ取り、6時間後には完全に痛みが復活していた。汗だくで風呂に入りたいが、入る元気などない。浴室で転倒するのが怖い。お腹も空いていたものの、食べるための気力が湧いてこない。

とにかくもう一度、「神棚」へ向かう。機械的にカロナール様を口に放り込む。神様、仏様、カロナール様。再びカロナール様の神通力が訪れ、私はようやく眠りにつけた。

朝に目覚めると、嘘のように痛みは消えていた。しかし、聞き取りづらさが残っていた。むしろ、右耳はマシになったものの、左耳は悪化してるような気もした。

今日、土曜日は祝日ではない。土曜日の朝こそチャンス。急いで耳鼻咽喉科に行った。

「中耳炎ですね」

耳を見せると耳鼻咽喉科医はさらっと言った。さらに鼻の穴を見て

「鼻炎も起こしてますね」

と言い、口の中を見て

「あー、喉も炎症起きちゃってますね」

とも言った。耳鼻咽喉、すべて炎症を起こしているとは。これはつまり、牛丼屋でトッピングを「全部乗せ」してるような状態というわけか。

全部乗せとはいえ「中耳炎」とは、ごくありふれた、聞き慣れた名前である。「耳管狭窄症」とかいう得体の知れない、いかにもマイナーで恐ろしげな病気ではないことに、短絡的な私は少しホッとした。

ホッとしているうちに、ふいに耳穴へ消毒布をブッ込まれた。さらに鼻の穴にもチューブをブッ込まれ、強引に鼻水を吸われた。痛!これはいつも私が我が子に自宅で吸ってるマシンと同じヤツではないか。まさか、自分がやられる側になるとは。終わった後、私は涙ぐみながら、次から我が子にやるときは、もっと優しくしてやろうと誓った。

さらに、壁側の席に連れて行かれ、吸入器を咥えるよう指示された。吸入薬、通称「モクモク」というやつか。子どもの時、内科でやったことを思い出す。こんなのやるのは、30年以上ぶりではないか。吸入器の管が短く、やたらやたら前傾姿勢でモクモクに挑む。

ところで、耳鼻咽喉科というものに普段からあまり掛からないので、耳鼻咽喉科医の姿を見ると毎回ギョッとする。あの、額につけてる、鳥よけみたいな円盤は何なのか。室内照明に反射して、いちいちギラギラしてくるので、医師がどんなに真剣に、どんなに真面目に話していようとも、怪しく陳腐に見えてしまう。笑いを噛み殺すのに必死である。

「抗生剤出しときますね。点耳薬と、飲み薬。胃薬もね」

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医師は、やはりギラギラしながら言った。私は不自然に口角を震わせながら、ハイ、と下を向いて答えた。