コロナとは言わせない

先日、子が熱を出した。38.5℃だ。

前日に暑い中、動物園に行った。そのときに汗だくになり、着替えなかったのが災いしたんだろう。体が冷えて風邪を引いたのだ。

ただ、意外なことに、この熱を発見したのは体温を測った旦那だった。しかし、二言目に彼が発した言葉はこうだった。

「こないだまで寒かったのに、昨日、ずっと暑いなかを歩き回ったし、寒暖差にやられたんだろう」

どうしたことだろう。コロナ脳のくせに、発言が至極まともである。そうだよ。風邪だよ。

「だよね。風邪だね。まったく、こう暑くっちゃ大人だって体調崩しちゃうよね。風邪だよね。風邪」
私は『風邪』という言葉を念押しした。

子ども本人はぐったりして、しんどそうだ。本当なら薬も飲ませず水分と栄養分だけ与えて、ゆっくり休ませたい。ただ、病院が悪玉とは認めていない旦那がいる手前、病院の処方薬を飲ませることにした。風邪薬と解熱剤である。

すると、たった一回飲んだだけで、すっかり平熱にまで下がってしまった。咳と鼻水がまだ出ていたので、私はお粥を作り、冷やっことリンゴ、バナナを出した。子はモリモリ食べて平らげた。そしてまたよく寝た。用意しておいた氷枕が心地よいらしく、頭の向きを変えつつ氷をカラカラさせながら、ガーガーいびきをかいた。

翌日になり、子は元氣に保育園に行った。旦那も普通に出社した。

おい。
おかしな話だな。

こないだまで家族に37.5℃以上の熱があれば、すぐさま会社に報告せねばならず、すぐさま出社停止なんじゃなかったのか。子はすぐさまPCR検査、なんなら私や旦那もPCR検査、さらにはインフルの検査は絶対にしてもらえず、家だかホテルだかに缶詰にされるんじゃなかったのか。

そうやってビクビクしていたじゃないか。
そうやってワナワナしていたじゃないか。

頭の悪い旦那も、さすがにこれだけ嫁にコロナなんて単なる風邪だと鼻であしらわれ、どこへ行くにもマスクを付けず出回り、体調を崩さない嫁の様子を見ていると、うすうすおかしさを感じるようになってきたのかもしれない。そして、たとえばコロナ陽性だろうとも、子は風邪薬で治るし、その程度のものだと認識せざるを得ないのだろう。

なにしろ、私を論破してまで子を病院に連れて行く勇氣もない。会社に報告する胆力もない。旦那は人に説明したり、口論になるような面倒が、大嫌いな性格である。

そう、氣づいたんだろう。コロナだろうが何だろうが、風邪薬で対処できること。コロナだろうが何だろうが、黙ってれば事なきを得られること。

そうなのだ。コロナをでっち上げてるのは病院であり、保健所であり、厚労省であり、日本政府であり、マスゴミであり、それらを牛耳るDSの仕業である。無視すれば何にも感染しない。いうなれば「コロナ脳病」にも感染しない。

テレビをつけなければ脅されることはない。外には穏やかな景色が広がり、花びらが散った桜は若葉をつけ、風にそよいでいる。川面は光り輝き、さらさらと心地よい音を立てている。美しい春だ。新しい季節だ。おぞましい伝染病の氣配など、みじんもない。

そして、旦那は病氣に恐れず、人目を恐れてる自分にも恐らく氣づいている。ただ、それを認められないだけだ。認める勇氣なんかない。なにしろ2回もワクチンを打ってしまった後である。自分の判断が誤っていたなんて認められない。認めたくなんかないのだ。

その晩、私は涼しい顔して旦那を迎え入れた。子は元氣に保育園行ったよと告げると、旦那は、ああそうか、よかったと言った。

ええ、本当によかったわ。子の回復よりも、あんたのコロナ脳病がやや寛解したことが。