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タンメーとウスメー

タンメーもウスメーも沖縄方言で「おじいさん」を意味する言葉である。また、自分のおじいさんではない老人に対して使うと、「~おう」という意味になる。たとえば「イチヂのタンメー」は糸洲翁という意味である。

ただタンメーが士族のおじいさんに使うのに対して、ウスメーは平民のおじいさんに使われた。島袋源一郎(1885-1942)の『沖縄案内』(1937)に以下の説明がある(注1)。

祖父
タンメー 首里・士
ウスメー・ンメー 平民

「士」とは士族の略である。つまり、首里では士族の祖父にタンメーを用い、平民の祖父に対しては、ウスメーもしくはンメーを用いた。

日本語(共通語)でも、「おじいさま」、「おじいさん」、「じいさん」のように接頭辞や接尾辞を変化させることで敬意の度合いを変化させることはある。しかし、沖縄方言は言葉そのものが別々に分かれている。そういう意味では、沖縄方言は日本語よりも「階級言語」であったといえる。

金城朝永「首里那覇方言における親族関係の語に就いて」(1943)に以下の説明がある。

この場合「呼称」について注意すべき点が一つある。というのは、首里・那覇においては士族・平民の別は、廃藩置県後なくなったのは本土と同様であるが、ここでは、その観念――だんだんと薄らぎつつはあるが――割合濃厚にのこっていて、一例を挙げると現今でも、旧平民の祖母に用いる「パーパー」(那覇・島尻・中頭地方)を旧士族に用いることは絶対にない。この時は必ず「ハンシー」(那覇)といわねばならぬ。両語共に日本の「おばあさん」におけると同様老婆に呼びかける時にも使っているが、もし新来の者がこの区別を知らないで、旧士族の老婆に対して「パーパー」とでも呼びかけると、彼女の誇りを傷つけるばかりでなく失礼な行為と見做される。

金城朝永「首里那覇方言における親族関係の語に就いて」より(注2)。

金城朝永が上記を書いたのは昭和18(1943)年であるが、当時においてはまだ士族と平民で呼称を使い分けていた。

また、戦後になるが首里出身である知花朝信ちばなちょうしん(小林流開祖)は長嶺将真(松林流開祖)との対談で、以下のように発言している。

長嶺 当時、首里にはどんな大家がおられましたか。
知花 みんな八十以上のお年配だったが、平民では山根のウスメー、ウフチクのウスメー、士族では石嶺、兼城、喜友名親雲上、知花朝章、崎原、桑江良正、田端のメーガントー、それに糸数安興、そのうち桑江、山根のウスメー、知花朝章の諸先生には会ったことがある。

「沖縄タイムス」1957年9月24日記事。

上記から、知花先生は、平民出身の武術家に対しては、ウスメーの呼称を使っていたことがわかる。山根のウスメーは知念三良ちねんさんら(山根流開祖)、ウフチクのウスメーは金城大筑きんじょううふちくのことである。

知念三良は棒術で、金城大筑は釵術さいじゅつで有名であったが、これは当時平民がどの武器術なら習うことが可能だったのかを推測する手がかりとなる。彼らが空手(ティー)をしていたかどうかは不明である。そのように書いてある文献もあるが、口碑以外の信頼できる戦前の史料は確認されていない。

もちろん士族であろうが平民であろうが、武術の先達者として、その功績に敬意を払わなければならないことは言うまでもない。

しかし、空手・古武道の文献では、金城大筑は士族の家に生まれ、最後の国王・尚泰の「お側役」を務めていたとか、武術指南役であったとか、ありえないような主張を書いているものもある。

「お側役」というのは正式には御側仕ウスバシといった。松村宗棍もその役にあったとされるが、士族から選ばれたのは言うまでもない。武術指南役云々も戦前の史料でそれを証明できるようなものを筆者は読んだことがない。

戦後になると、沖縄でもタンメーとウスメーの意味の区別がだんだん分からなくなり、平民だった武術家が士族の出だったと書かれるようになる。さらに、さまざまな(士族しか就けない)役職や旅役の務めを果たしたというような主張が付加されていく。

そして、最近では金城大筑は本部家の親戚だったとか、本部朝勇に取手を教えたとかいう「新説」もさまざまな誤解や誤読や推測のもとに展開されていく。

「沖縄の大家から聞いた」というが、その人は本部朝勇が存命の頃はまだ幼児だったとか生まれてなかったとかするかもしれない。落ち着いて検証すると、その話にはいろいろおかしな点がある。したがって、大家の言葉でもすぐ信用せず、慎重に対処するのが研究者のあるべき姿であろう。

注1 島袋源一郎『沖縄案内』沖縄図書、青山書店、1937年、278頁。
注2 大藤時彦,、外間守善 共編『金城朝永全集』上巻、沖縄タイムス社、1974年、248、249頁。

出典:
「タンメーとウスメー」(アメブロ、2017年9月22日)。

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