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大正時代に京都武徳殿で空手・古武道演武はあったのか

先月、まるふじ文庫の佐藤茂先生から、園原謙「沖縄武徳殿開殿式関係資料について―戦前の沖縄空手家の記念碑的演武と戦時下の沖縄県の県外VIPの接遇方を中心に―」の論文を送っていただいた(注1)。

佐藤先生は以前ヤフーブログで空手の貴重資料を紹介する「まるふじ文庫」を開設されていた。また、昨年、沖縄武徳殿の関係資料を沖縄県立博物館・美術館に寄贈されてニュースでも報道された。

寄贈の経緯について、筆者も昨年アメブロのほうで紹介させていただいたが、現在記事の移行作業中で、後日noteのほうで再投稿の予定である。

また、現在、沖縄県立博物館・美術館で開催中の「新収蔵品展」(2023年4月23~6月4日)で沖縄武徳殿関係資料が展示中である。

園原氏の論文は大日本武徳会と沖縄県との関わりを、佐藤先生から寄贈された沖縄武徳殿開殿に関する資料を中心に専門的に論じている。両者の関係を簡単に紹介すると以下の通りとなる。

明治28(1895)年、大日本武徳会発足。
明治35(1902)年、大日本武徳会沖縄委員部発足。
明治41(1908)年、沖縄県立中学校生徒6名による京都武徳殿での空手(唐手)演武。
昭和8(1933)年、大日本武徳会沖縄支部昇格。
昭和14(1939)年、沖縄武徳殿開殿式。

明治35年、沖縄に大日本武徳会の委員部が設立された。委員部というのは支部未満の組織を指すようである。沖縄委員部の会員は、同年4月時点で6名であった(注2)。同時期の京都府の会員数が43645名であった。沖縄での武徳会の当初の活動は低調だったようである。

しかし、昭和8年に支部に昇格し、さらに昭和14年に沖縄武徳殿が開殿したように、沖縄での活動は次第に盛んになっていった。

沖縄武徳殿の開殿式では、空手・古武道の演武も行われた。佐藤先生はそのときの番組表を寄贈されたのであるが、そこに記載された武道家の名前や演武種目は沖縄の空手・古武道史の研究にとって大変意義のあるものである。

先月、たまたまドイツの空手研究者、アンドレアス・クヴァスト先生が大正時代にあったとされる京都武徳殿での空手・古武道演武について英語で記事を書かれていた。そのこともあって、園原氏の論文を大変興味深く拝読したのだが、残念ながら大正時代の京都武徳殿での演武に関する記述はなかった。

クヴァスト先生の記事はgoogle翻訳でもある程度読むことができると思うが、内容を簡潔に紹介すると以下の通りとなる。

(1)大正5(1916)年に、京都武徳殿で又吉真光と船越義珍が空手・古武道の演武をしたとされるが(注3)、それを証明する一次史料が存在しない。
(2)また、「又吉真豊提供資料」(1977)によると、又吉真光は中国から一時帰国した折、大正4(1915)年東京で開催された御大典記念の祝賀演武で、船越義珍とともに出場したとされる(注4)。このとき、又吉真光はトゥンクワー術と鎌術を、船越は空手を披露したとされるが、これを証明する一次史料が存在しない。

大正4年の東京演武と、大正5年の京都武徳殿演武は同一の演武がそれぞれ誤って伝わったものであろうか。それとも別々で、又吉真光先生と船越先生は2年連続して一緒に演武されたのであろうか。いずにしろ、クヴァスト先生は両方とも立証する一次史料に欠けていると指摘している。

(3)さらに「又吉真豊提供資料」では、大正10(1921)年、当時皇太子だった昭和天皇が沖縄を訪問された折、空手を剛柔流の宮城長順が、古武道を又吉真光が演武したとされるが、やはりこれを証明する一次史料が存在しない。
(4)昭和3(1928)年、明治神宮で開催された大礼祭に、又吉真光が沖縄県を代表して模範演武を行ったとされるが(注5)、これを証明する一次史料が存在しない。

クヴァスト先生によると、又吉真光先生が各種演武を行ったという主張は、年を追うごとに追加されていったが、いずれもそれらを証明する一次史料を欠いているのだという。一次史料というのは当時の新聞記事や写真等である。基本的に上記の情報は戦後の刊行物に基づくものである。

さらに、海外の又吉古武道について書かれた本には、又吉真光先生が船越先生とともに、大正6(1917)年、京都武徳殿で演武を行い、その記念に「帝国勲章(imperial medal)」を授与されたという話が紹介されている。

この演武が上述の大正5年の演武と同一のものを指すのか不明であるが、その本には、その勲章が写真付きで紹介されているが、クヴァスト先生が調査した結果、大日本武徳会や京都武徳殿とは全く関係のない勲章であることが判明したという。

果たして又吉先生と船越先生は京都武徳殿で演武したのか。以下で私見を述べてみたい。

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