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新衣装ルドルフ会長と見る弓道・弓術

やっべぇ~…。うわぁ…。

えっぐ…。かわいいかっこいいルナちゃん…。


弓道警察

 弓道警察と聞いて、一部のオタク様は「うげっ」と思ったのではないでしょうか。

 2014年放映のアニメ「艦これ」において、弓道モチーフのキャラクターである赤城、加賀の弓道描写に難癖をつけた弓道家が炎上したというお話が元となり生まれた言葉です。

 ぶっちゃけ言葉の生まれたきっかけや原因については、ニコニコ大百科の記事が分かりやすいのでそっちをご参照いただきたい。(双方へのフォローも完璧だし)↓


 超個人的な感覚なんですが、この弓道警察事件があって以降のアニメにおける弓道描写って、だいぶ気を付けて描きはじめた印象があります。

 弓道仲間と見に行った「Fate/staynight heaven's feel」とか、「プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い」とか、京アニ制作の弓道ラノベ原作のアニメ「ツルネ」、「かぐや様は告らせたい」などなど…。正直艦これアニメも、露骨に変なのは無いし。

 (自分は見たことありませんが、ラブライブの海未ちゃんが弓道やってるらしくて、弓道部の先輩の推しでしたね。海未ちゃんの扇子を扇ぎながら道着来て正座してました。)

 とにかく、ぱっと見で「それはさすがに何も調べずに描いたやろ」は無いです。夜明け前のキャベツ事件と同じなのか果たして…?


お断りという名の言い訳

 なんでこんな誰も得しない話を持ち出したかというと、やっぱり好きなコンテンツでライフワークの弓道を持ち出されると誰かに話したくなっちゃったからです!!!!!!!!!!

 お話はしたいけど、するうえで一応ああいう苦い歴史があったことを把握していて、配慮したうえで双方に面白い記事を書きますという意思表明というだけです。

 一人の弓道人として、サブカルと弓道の橋渡しに貢献出来たらなと思ってこの記事をモニョモニョ…。

 ということで平和にウマ娘と弓道を見ていきましょう。尚、語りは弓道歴5年かつ弐段のぺーぺーがお送りするので、本当に間違っている可能性があります。間違わないために浅いことしか言わないかもしれません。これから書くからわかんないけど頑張る。



ウマ娘秋イベにおける流鏑馬描写における考察

 まず秋イベント「晩秋、囃子響きたる」劇中における会話を見ていきましょう。以下ゲーム画面引用。

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だそうです。ただし現在では簡略化され、霊山前に置かれた的を射るのみだそう。

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そうなんだ。実質僕もウマ娘では(?)

 さて、ウマ娘作中ではこんな感じだそう。では現実の流鏑馬とはどんなのものか?

 以下、大日本弓馬会HPより引用。

 「流鏑馬」とは、疾駆する馬上から左横に置かれた3つの的を射る神事です。単に武芸を競うのではなく、天下泰平(てんかたいへい)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)、万民息災(ばんみんそくさい)を祈念して的を射る精神性の高い祭事です。
 流鏑馬の起源は古く、6世紀に欽明(きんめい)天皇が宇佐の地、現在の大分県の宇佐神宮において矢馳馬(やばせめ)として3つの的を射らせたことに始まるとされています。平安時代には、宇多(うだ)天皇が弓馬を極めた源能有(みなもとのよしあり)に命じて「弓馬の礼法」を定めさせました。そして、後に源家が代々相伝することとなり、新羅三郎義光の子孫である武田・小笠原の両家に伝えられました。
源頼朝(1147-1199)は、(中略)かつて神事流鏑馬の故実に通暁していた西行法師にその教えを乞い、文治3年(1187)に天下平定を記念しての流鏑馬を奉納しています。また、弓馬の達人を集めて話し合いを行わせ、流鏑馬の式法を定めるなどして、その隆盛に多大な貢献をしています。

 ...引用しまくってます。いや、「ウマ娘と弓道について語る!」なんて言ったはいいですが、実際の流鏑馬って弓馬術と言って、弓道と弓術と馬術すべてを混ぜたように見えて、起源が全然違う代物なんですよね。なので正直ほぼ無知です。

 まってブラウザバックしないで、もうちょっと頑張るから。

  …ありがとうございます。では真面目にやらせてもらいますと、引用部分に太字で示したように、現代の流鏑馬含む弓馬術には、小笠原流と武田流の2流派があります。

 武田流については全く知りませんでした。軽く調べるとやっぱり弓馬術に強い流派のようで、弓道もあることにはあるようです。流石に武田流使いに遭遇したことは無いですね…。

 小笠原流については弓道にも使い手がいます。現代弓道では小笠原流と同じぐらい日置(ひき)流の使い手もいますが、正直現代弓道(特に筆者のような新参者層)は流派が曖昧です。じゃあどうやって弓を引いているのかというと、全日本弓道連盟が定めた射法八節というバイブルがありまして、だいたいそれに従って弓を引いています。

 まあどういう流派で弓を引こうが、実戦的射法である「斜面」という引き方をしない限りはこれを踏襲しますので、何の問題もありません。

 ところでさっきから「弓道」だったり「弓術」だったり「弓馬術」だったり、何の違いがあるんだYO!って感じですよね。すいません。

 弓道と弓術は明確にこう違う!ってわけでもなく、弓を引くことで心身の鍛錬を行う「道」であるのが弓道であり、弓術は弓を扱う技術全般を指すことがあります。

 中世頃には武道としての弓と実戦弓術としての意味で細分化されたようです。まあ戦のない現代においてはすんげぇ曖昧なものです。

 弓馬術に関してはもはや完全な別物です。弓が引けるだけでなく馬に乗れる必要がある。起源も流派も発展もわりと別物なので、今回調べまくりました。

 弓道の話ばっかだな。ウマ娘に戻ろう。

 現実では、流鏑馬は弓馬術の一種であり、弓道と別物であることが分かりました。そして私たち弓道家は流鏑馬に通じる技術はほとんど持ち合わせていません。しかしシンボリルドルフ会長曰く、ウマ娘世界の流鏑馬は弓道の一種であろうことが仄めかされているという事。

 ここでとりあえず、劇中の弓道的モーションを見ていきましょう。

 かわいい。

 かっこいい。

 最高~。

 じゃあ現実の方も見ましょう。

 かっこいい…。

 まあ見比べてもらえばわかる通り、だいたい一緒ですね。細かいことを言うならば、特に礼射的な厳密な型で弓を引いているのではなく、八節に従った引き方をしつつも実戦性を意識したスピード重視の引き方です。現実の流鏑馬でも、わずか数秒の間に2回弓を引かなければいけない種目もあるようで、実戦的な、弓術的な引き方と言えるでしょう。

 じゃあやっぱり、ウマ娘世界の流鏑馬は、本当は弓道ではなく、弓術の語弊なのでしょうか。

 筆者はそこに「ウマ娘世界」ならではの理由があると考えます。

 ウマ娘世界。現実の馬が存在せず、代わりに同等の能力を有した女の子が人間と暮らす世界。いいなあ。

 そんな世界において、弓とウマ娘はどのように発展してきたのか。

 現実の世界では、流鏑馬は欽明天皇が神事の一環として行った事柄が起源となっています。

 中世、特に日本においては、渡来の仏教信仰に加え、土着の神道も深く人々の心に根差していました。

 ご存知の通り、神道とは多神教(信仰)の権化ともいえるレベル。なんにでも神様は宿っています。そんな世界観の中世日本に、ウマ娘とかいう上位知性体が存在したらどうなるか。もう巫女さんどころじゃないでしょ。「7歳までは神のうち」どころではなく「ウマ娘は神のうち」でもおかしくありません。

 そんなウマ娘が仮に弓を引こうものなら、神器として神話(日本書紀)にも登場するし、現実でも神事の道具として使われる弓を使えばどうなるか。もうそんなん独立ジャンルの誕生ですよ。

 つまるところ、ウマ娘世界における「流鏑馬」とは。

 ウマ娘が神事として弓を引いたことに起源を持ち、戦技術としての弓術が発展してくると、両者は徐々に合流していった。

 技術と神事。これらの融合により技術から武道への昇華を経て、現代式弓道の大成と同時に「保存すべき伝統」として、弓道における「礼」の起源として神事的側面も保持した結果生まれた「礼射」なのではないでしょうか。

 つまるところウマ娘世界では、流鏑馬が実戦技術としてではなく、奉納神事として発展する可能性が秘められている。


 あれ。


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言ってることだいたい合ってませんかこれ!!!!!!!




考察記事はどこにでもありますね。参考になりました。

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