エスプレッソの夜明け
そのおじさんに会えるのは、昼休憩に社屋を出て、唐揚げが8つも入ったワンコイン弁当と、80円の缶コーヒーを買った帰り道。その途中にある静かな公園でのことだ。
…と言っても、彼はいつも寝ている。だが、夜になると…
『本日のポエム売り〼。500エン〜』
そんな看板を掲げているのだ。無論、客足はパッタリで、他の客は見たことがない。胡散臭いし、何より500円払ったところで…
『クリームソーダの憂鬱』
『ある愛の真水』
『メロン味の悔悟』
そんな極めて難解なポエムを書いてもらえるだけだからだ。20数枚の色紙を買い上げた俺にすら、未だ1つも内容は理解できていない。
それでも彼の上客となっているのは、人柄や雰囲気に惹かれただけではなかった。そのポエムを眺めていると、なんとなくその日の俺と重なっているように思えて、嬉しかったからだ。
上京して5年。夜遅く真っ暗な家に帰って眠り、目覚めると出社時刻が迫っている…そんな生活を続けていると、俺を分かってくれる人がいる、そう思えるだけで不思議と心が安らぐのだ。
だからこそ、俺は今日も…
『本日のポエム、売り切れました』
「えっ?」
虫の集まる街灯が、葉のないイチョウを青白く照らす、0時の公園。見慣れない文字に当惑する俺に、おじさんは申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。
「ああ、君か。悪いが今日の分は売り切れちゃったんだよ」
「そんな!」
俺は食い下がった。
「売り切れなんて…ポエムに在庫なんて無いでしょ!? 俺、今日はどうしても…!」
勝手な言い草だ。だが今日は、会社で嫌なことや間の悪いことが重なり、気遣う余裕も無かったのだ。やがて熱意に根負けしたのか、おじさんは苦笑いしつつペンを取った。
「…分かったよ。君にはいつも来てもらってるしね。今日の分は無理だけど、明日の分をなんとかしてみるよ」
「…明日の分?」
妙な言い回しに困惑する俺の前で、おじさんは静かに何かを書き始めた。
【続く】
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。