蒸気の花は夜開く
空に雲を浮かべるのは、神々から人の仕事へ代わった…その比喩を大げさと笑う者は未だに多い。だが、ウェスト家の裏手にある小さな山から、海沿いの工場帯が青空を濁していく様を見渡したなら、それが新時代を端的に切り取ったものだと理解できるだろう。
「今日もみんな元気そうね」
エリンは山頂からその景色を眺め、くすりと笑った。
「お嬢様。それは労働者のことですか?」
「違うわルビィ。蒸気機関のことよ」
「…機械、ですよね?」
「あら、それが何か?」
令嬢は首を傾げた。執事は再認識する。コアと話せる彼女にとっては、人も機械もさして代わりはないのだ。
海中から、あるいは漂着により発見される謎の球体”コア”。それは蒸気機関に組み込むことにより、熱効率や制御性などの総合性能を飛躍的に向上させる。だが、既に欠かせない資源となった今も、出所も理論も一切不明のままだ…限られた人間を除いては。
「…不思議に思ったの? 少しわかるわ。私もロビーに会うまではそうだったから」
エリンは懐かしそうに目を細めた。
「…ロビー…」
ルビィは口籠った。深く赤い瞳の中で、複雑な光が揺れた。エリンは気づかず述懐する。
「ロビーは私の最初の友達で、最高の友達だった。お屋敷に閉じ込められていた頃も、あの子だけはずっと話し相手になってくれたの」
「ですが、今は…」
「ええ、もういない。あの戦争で徴兵されて、どこにいるのかも分からない」
エリンは海の向こうに思いを馳せるように、ポツリと呟いた。
「会いたいな…また会いたいよ。ロビー…」
ルビィは…ロビーは喉元にまで届いた言葉を、堪えるように飲み込んだ。
お嬢様。ロビーは戻ってまいりました。飛行機になり、プレス機になり、蒸気船になり。そして貴女と同じ目線で言葉を交わせる、夢のような体を手に入れて。
そしてお嬢様。叶うのなら、もう二度とお会いしたくありませんでした。
貴女の監視と、覚醒時の抹殺。二つの使命を宿したこの体では。
【続く】
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。