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今までの歩みと、新しい挑戦。

初めまして。

マザーハウスで、山口絵理子のデザイナーアシスタントをしている長佑美(ちょう ゆみ)です。

今日から note を始めます。

マザーハウスの自社工場マトリゴールとバングラデシュのリアルを、より多くの方々にお届けするためです。

マザーハウスは「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というミッションに向かって、 様々な国から日々新しいプロダクトを生み出しています。
マザーハウスの商品を買ってくださるお客様のおかげで、生産地のみんなも元気にプロダクトを作ることができています。
いつも本当に、ありがとうございます。

今私はバングラデシュで、絵理子さんとマトリゴールのみんなと新作バッグのサンプルを作ったり、生産に携わっていますが、日本では MD 開発チームのみんなとお店に並ぶまでの商品開発をしたり、絵理子さんのアシスタントとして仕事をしています。

サンプルについて話している様子


今回バングラデシュに渡って、マトリゴールでサンプル制作と生産に関わることになったわけですが、初めての土地で生活するからこそ見える、バングラデシュという国の色々な側面や、 マトリゴールで起きている生産地の様子など、色々伝えていけたら良いなと思っています。

かなりユニークな出来事も書いていくと思いますが、読者のみなさまに楽しんで読んでもらえたら、そして、バングラデシュとマトリゴールのことをたくさん知ってもらえたら嬉しいです。

では、マトリゴールとバングラデシュのことをお伝えする前に、まずは私自身の自己紹介から始めさせてください。 


私は今 27 歳で、マザーハウスに入ってから 2 年 5 か月が経ちます。

私は東京都出身で小学校までは地元の学校、中学と高校は私立に通っていました。 中学生のころ、大学受験のために周りに合わせて勉強しなければならない環境にいて、勉強 する意味がわからず、学校や勉強が大嫌いだった私は友達と夜遊びしたり、両親や先生には逆らい、所謂”不良”でした。

ただ高校に入ってから、もっと自分の知らない世界を知りたい、だから海外の学校に行きたい、と漠然とした夢を持ち始めて、そのために色々なことを知ろう、英語を勉強しよう、と勉強 一筋の学生生活を送っていました。

高校卒業後は、小さい頃から絵を描くことが大好きだったので海外の芸術大学に進もうと専門学校に通い、準備をしていました。ですが、専門学校で学んでいたころ「絵は、誰かに教え てもらって描くものではない、、、私は自分の好きなように描きたいんだ!!」と思うようになり、芸術大学へ行くことをやめました。

その時に私は、自分が学びたいことを学ぶために、大学に行こうと決めました。
そして出会ったのが国際問題という重い現実でした。

芸術大学に通って絵を学ぶよりも、人々が傷つかないためには自分は何をすべきかというところから始まり、世界でもっとも多民族・多文化の国家であるアメリカで、色々な人の意見を聞きたいという思いから、アメリカの大学で国際関係学を学ぶことを決意しました。

アメリカの大学にいたころ、「貧困・紛争・病気」など、世界で何が起きているのか、その事実を知りたいと、大学生活最後の夏休みを使い、1 人でアフリカ縦断に挑戦することにしました。

縦断を始めてすぐにクレジットカードが使えないと気づき、持ち合わせた現金でやり過ごさなきゃいけない、、、という状況に陥りました。

その時、私は国際関係学を活かそうと、ボランティアをすることに決めました。Kiserem Epilepsy Foundation というケニア人が起ち上げた非営利団体で、てんかん病を持つ人々や、精神的に病を抱えた人々とコニュニケーションをとり、心から励ますという活動をしました。Rodi Township Academy という小学校と孤児院で、子どもたちと遊んだり、日本語や英語を教えたりしました。

精神的に病を抱えた女性を励ますために彼女の家を訪れた時の様子。
右の女性は インターンのナイロビ大学の学生。


しかし、このボランティアを終えて感じたのは無力感でした。

「私はお金がないから何も支援物資を渡せないし、この人たちを言葉で励ますことしかできない。」と自分がやっていることが、途上国問題の根本解決にはなっていないと絶望してしまいました。

この経験から、彼らには何が必要で私はどんなサポートをするべきなのかを考え始めました。

一概には言えないが、彼らに必要なのは「自分の持つ可能性を信じることができて、夢や希望を持てる環境を作ること」なのではないかと考えました。

物資を与えても言葉で励ましても、それは一瞬幸せになるだけで現状や未来は変わらない。
自分で生計を立て、家族を養える力を育てることであったり、教育を受けられる場所を作ることであったり、彼らに適した仕事を共に作り出すことであったり、色々あると思いますが、 彼らがもし、自分の活躍できる場所があり、自分の力で生きていく術を身につけることができたなら、少しでも彼らの幸せに繋がるのではないかと考えました。

そして、私が就職を考えていたころ、マザーハウスと出会いました。

私がマザーハウスで働くことには意味があって、マザーハウスを通してより多くの人が幸せだと感じられる社会を作ることだと考えています。

国際関係学を学び色々経験していく中で、傷ついている人々をたくさん見てきました。人々が互いを憎み合い、傷つけ合うことを止めるには、今起きている問題の根本を変えていかなければならないと考えました。

適切な仕事をし安定した生活ができる環境や、人との繋がりに喜びを感じる環境を作ることは、生きるために誰かを傷つける選択をしないことに繋がるのではないかと思っています。


私はマザーハウスの、一個人を尊重し全ての人に平等に接するところに惹かれました。
生産性や利益を重視しながらも、販売国の社員や生産国の社員にしっかり給料を与え、身体面から精神面まで一人一人を大切にサポートしているところ、そして、応援してくださっている お客様に対して、消費者ではなく、マザーハウスをつくる仲間として、お客様一人一人を尊重しているところが素敵だと思ったのです。

マザーハウスには、社会問題を解決し、人々が笑顔になるためのヒントがたくさんあるはずだと信じて、働くことを決めました。それが他のブランドとは違う強みで、自分がまさにやりたいと思っていたことだったからです。

そして、もう一つ、マザーハウスに入ることを決めた大事な理由があります。

それは自分の力を活かしていくことです。

私は絵を描くことがとても好きです。子どものころから、時間があれば、何時間でも集中して絵を描いていました。

これがいつの間にか特技にもなり、この力をどうにか活かしたいし、やっぱり好きなことをやりたい。という気持ちがあり、アートで世界は変えられる、とずっと信じてきました。

私がアートを通して伝えたいことを作品に。
国際関係学を学んでから、平和に関するモチー フや言葉を自分の作品に取り入れている。


そんな時、マザーハウスの採用情報をみると「デザイナーアシスタント」という部署が、、、!なんとも自分にぴったりの仕事がある!と、迷わず応募したんです。

これがきっかけで私の思いは今、形になりつつあります。
自分を含めた世界中の全ての人々のために、今までの経験で培った力と自分の持つ芸術の力を、最大限活かして、今日もバングラデシュでモノづくりをしています。

私はまだまだ未熟ですが、何でもトライして、嫌な顔をされてもしがみついて、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というミッションに向かって、仲間とともに歩んでいこうと思います。

これから、よろしくお願いします。

長佑美

読んでいただいてありがとうございました!マザーハウスをもっといろいろな角度から楽しんでいただける毎日の出来事を、生産地やお店からお届けしていきます!