世界1役に立たない「通信制高校」のススメ


どの高校に行けば良いかなんてことは、僕には教えることができません。

「通信制高校に行きたくなる記事をお願いします」と依頼頂いたにも関わらず、お願いを全否定する様な1文目に、自分でも恐れおののいてます。

加えて、特に28歳で成し遂げたことなんて殆どないので、語れることと言えば失敗談しかありませんが、その経験に基づく唯我独尊的論理展開をしていくので、お許しください。


ぼくは、学ラン、ブレザー、私服登校の3種類を経験する、謎の高校生活を送りました。


国公立大学進学か公務員にならない奴は、人間の屑だと言わんばかりの大人が蔓延る、偏差値60くらいの自称進学校に学ランを着て入学しました。

圧縮すると0.05MBくらいのデータしか頭に詰まってないであろう教師たちが、メモリ拡大期である学生達に、人生には正解があるかのような語り草で謎の価値観を押し付け、そこに辿り着けない人間をゴミ扱いする学校。

もれなくゴミ認定されたぼくは、狭い部屋に2週間以上軟禁され、入学から1年にして冤罪で高校退学に追い込まれました。

その主犯である先生は、数年前に生徒への淫乱行為で逮捕されました。「いつの日かあいつを抹殺してやる」という野望に対して、社会が先に制裁を施してくれました。

もし女性として産まれてたら、淫乱行為をされた可能性があると考えれば、ラッキーしましたね。



社会なんてよく知らないので、高卒資格は必要だなと思い、通信制高校に編入しました。通信制高校には、全日制の様に週5日登校するコースから、半年に1回だけ登校するコースがありまして。

最初の1年はブレザーを着て普通の高校生の様に生活してましたが、学校に行く意味を理解出来ず、3年時には半年に1回私服で登校するコース、別名ネオニート生活に突入。

行き先の決まった清流に身を任せる不自由な生活から解放されたぼくは、半ば強制的に流しこまれた、何のしがらみもない自由な大海を謳歌してました。

「自分のやりたいことをやりなさい」という放任主義が多い先生達が沢山いて、自由を求めていたぼくにとって、またとない環境ではありましたが、不都合な真実を体感してしまったのです。



「あれ?自由って辛すぎワロタ〜www」と。



ゴミ収集車や、お歳暮を工場で詰め込む仕事をしながら、日給1万円を稼ぎ、夜はすすきので馬鹿騒ぎする生活を謳歌してたのですが、楽しいのって最初の数ヶ月だけだったんですよね。


考えてみてください。明日から学校に来なくて良いです。会社に来なくて良いです。自由に生活してねと言われたら?最初はみんな楽しいと思います。でも、徐々に精神が蝕まれていく感覚に襲われるんですよね。将来どうしよう?何のために生きてるんだ?生活するお金はどうしよう?誰でもそうなるはずです。


行き先が決まっている清流に、身を任せて流れていくことは簡単です。しかも失敗することも少ない。1度大海に出てしまうと、自らの意志で羅針盤を持って航海する必要があることに気付きました。それがない航海の先にあるのは、死あるのみです。ひとつなぎの大秘宝どころではなく、待ってるのは大悲報。

羅針盤を持たず大海に出たぼくは、高校生にして6ヶ月くらい引きこもり生活をすることになりました。自由だけど、羅針盤もなく大海をフラフラする生活に、強烈な孤独と恐怖を感じました。大海というカオスに浮かぶ小さな島で休憩することを余儀なくされたのです。



あれだけ欲しかった自由が、こんなにも孤独で辛いことを知ってしまいました。学ランを着て登校していた不自由な日々に、少しだけ羨ましさを感じてしまった自分にも気付きました。

先生に言われるがままに授業に出て、それなりの大学に進学して生きていく。死ぬほど不自由に感じていた環境が、実は幸せだったのではないかと。


どっちが良いかなんてわかりません。自由が死ぬほど孤独で辛いことを知ってますし、不自由な環境で生きる幸せだって知ってるというか、知ってしまいました。

それでも、カオスの中で獲得した羅針盤は、今でも自分の武器になってると確信してます。

通信制高校には、カオスの中で羅針盤を獲得しようとする生徒が沢山いました。

片親家庭で育児放棄をされているので、生活費を稼ぐために年齢を誤魔化して風俗で働く女の子。

ゲームが好き過ぎて夜更かしが止まらず、通信制高校すら留年になりそうな男の子。

LGBTに悩み、ゲイであることのアイデンティティを獲得するために苦労する少年。(視野の狭かったぼくは、本当かなと疑ってたのですが、修学旅行で頑なに男風呂に入りたがらない彼の姿を見て、確信に変わったという逸話があります。本当に勃起しちゃうから助けてと、ぼくに助けを求めてきたのだから)


卒業から10年経ちましたが、風俗で働いていた彼女は、今どこで何をしているかわかりません。

ゲームに夢中で学校にすら通えなかった彼は、プロゲーマーとして学校の講師として大活躍しています。

アイデンティティの獲得にもがいていたゲイの友達は、生きる意味を求めて俳優の道に進みましたが、今は消息不明だったりします。


通信制高校が良いぞ!なんてことは口が裂けても言えないし、全日制高校が良いぞ!ってことも口が裂けても言えません。

それぞれの天国と地獄を知っているからです。
不自由な学ランか、自由な私服か。
そんなことはどうでも良い。

学校に限らず、あれが良い、これが良いと言ってくる人の言葉に惑わされないでください。良い悪いなんてマジでない。良い要素と悪い要素は、1人の人間の中に混在してます。

強烈にポジショントークで話してくる人は、他者を否定することや、自分の立場を肯定することでしか自分を保てない弱さを認められてない人が多いから。


ポジショントークでn数=1の成功論を信じてはいけません。それでも成功者としてのn数=1ではなく、自分=100%の人生をあゆみたい人にとって、通信制高校は悪くないのかもしれません。

というのが、結論にもならない、ぼくの結論です。



ビビるくらい役に立たない「通信制高校のすすめ」という記事が完成してしまいました。それでは、さようなら。

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