オバサン

 11月の中旬、天気は晴れ。いつも通り、遅くまで仕事だった。
 それまたいつも通りに、コンビニに寄って、明日の朝食(たまご蒸しパン)を買って帰ろうとしていた。
 その日の朝は、いつも通勤で走る道が工事をしていて、いつもより時間がかかってしまった。例年に比べて仕事が忙しかったせいか、それとも寝坊をしたせいか、とてもイライラしたので、帰りは別の道を通って帰ろうと思った。

 コンビニを出て左に進み、普段なら3番目の交差点を左に曲がるのだが、2番目の交差点を過ぎた所にある小道を左に進む。住宅街を縫って進めば、自宅近くの大きい国道へ出る。
 いつもの道より時間はかかるが、混雑する道路を、ちんたらちんたら進むよりかはマシだと思ったのだ。

 左折した後、狭い道を慎重に進むとT字路にぶつかる。そこを右に曲がり、また道なりに進めば良いだけである。
 田舎の住宅街、ぼんやりとした街灯の明かりしかないその空間が、愛車のヘッドライトによって、照らされる。
 学校帰りの学生が飛び出してくることも多々あったので、スピードを落とし、恐る恐る走行していると、明らかにいつも通りではない光景が、目に飛び込んできた。

 変な“オバサン“がいた。
 道を曲がった左側にある2軒目の住宅。玄関のドアにピッタリとくっつくように立つ、中年と見られる女性が立っていたのだ。
 夜の7時40分を過ぎた頃であったと思う。
北海道の11月、夜はぐっと冷え込み、ひどく寒がりな友人はダウンジャケットを着ていたというのに、そのオバサンはあまりにも軽装であった。
 黒地に花柄の古臭い半袖のブラウスに、ベージュの膝丈のスカート、ミディアムロングのボサボサな髪型が、ヘッドライトに照らされて浮かび上がった。
 平凡で静かな冬の住宅街にはあまりにも不釣り合いで、思わずギョッとしてしまった。

 瞬時に目を離し、きっと来客だろう。と納得をしようとするが、路肩にもそれらしき車や自転車はない。
 歩くよりも遅いスピードで通り過ぎ、バックミラーで、今見たものを確認する。ドアの斜め上にはセンサーライトのようなものがついていたが、明かりはついていない。
 その時、今まで変な違和感に駆られていた理由がわかった。
 そのオバサン、顔をドアに『めり込むみたいに』押し付けているのだ。
 
 あまりの衝撃で、声をあげそうになったが、その声を聞いて振り返られるほうが怖かったので、必死に我慢してその場を去った。


 早く帰りたいという一心で車を走らせ、なんだかんだいつもの道を通るときと、同じくらいの時間で自宅に到着した。
 そそくさと鍵を開けて、急いで玄関に入り、内鍵をかったところで安堵のため息が出た。
 一体あのオバサンは何だったんだろう。生きている人間だったとしても、ライトが反応しないくらい、微動だにしない事は可能なのだろうか?幽霊だとしても、なぜあの家の玄関に?

 そう考えながら靴を脱ごうとした瞬間、後ろのドアから、固いものがぶつかるような、重く鈍い音が聞こえた。


 きっと、顔を思い切り押し付けたりしたら、こんな音がするんだろうなとその時は思った。

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