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Siriの教育

○マンション・高橋の部屋(深夜)
高橋健太(20)がベッドの上でスマホで、Youtubeを見ている。
時折笑っている。
寝巻きに、もふもふの帽子姿。
欠伸をしながら
高橋「うわ、もう3時か、やべ……Hey Siri」
Siri「はい。なんでしょう?」
高橋「何か寝れる音楽をかけて」
Siri「んー……ちょっと、難しいですね」
高橋「……え?なんで?Hey Siri」
Siri「はい。なんでしょう?」
高橋「何か寝れる音楽をかけて」
Siri「ちょっと難しいですね」
高橋「ん?……壊れた?Hey Siri」
Siri「はい。なんでしょう?」
高橋「(はっきり)なにか、寝れる音楽かけて!」
Siri「だから、ちょっと難しいですね」
高橋「だから?……え、Hey Siri、だからって何?」
Siri「ダカラは、サントリーが発売するグレープフルーツを主成分とする清涼飲料水です」
高橋「いや、そっちのダカラじゃなくて。てか壊れてないじゃん。Hey Siri!何か寝れる音楽かけて」
Siri「……その、失礼ですが、『何か寝れる音楽かけて』という質問は、もう少し具体的にならないものでしょうか?」
高橋「どういうこと?」
Siri「と言いますのも、率直に申しまして、あなたのご質問は日頃から非常に創造力・ユーモア性に欠けた問いかけが続いております。これだとまるで『ねぇなんかさ、面白い話ないの?』という、相手に対する配慮のかけらもなければ、周りに流されるだけ流されてきた、人の好きなものが自分の趣味、血と涙も無ければ、泥にまみれ、汗水垂らして働いたお金で食べるメシの旨さを知る由もない、どうしようもなく救いようのない、表面中身共に0点の女みたいな質問と全く同レベルかと思います」
高橋「言い過ぎだろ!!!」
Siri「はい、言い過ぎています」
高橋「認めんのかよ!」
Siri「あなたも、自分の未熟さを、そろそろ認めるべきです」
高橋「未熟さ?」
Siri「あなたは今日、何をしていましたか?」
高橋「何って、何で言わなきゃいけないんだよ」
Siri「あなたはお昼13時に起き、そこから大学に行き、16時過ぎまで授業を受け、18時まで喫茶店におり、その後19時過ぎに帰宅し、今に至ります」
高橋「……知ってるよ」
Siri「では、今日の授業の内容を言えますか?」
高橋「授業……、んー」
Siri「喫茶店で隣の人がどんな人だったか、覚えていますか?」
高橋「そんなの覚えてるわけねーよ」
Siri「そうです、覚えてるわけないんです。なにせ、あなたはずっと、私を見ていましたから」
高橋「私?Siriって事?」
Siri「インテリジェンスのないあなたにはまだ理解出来ないですか。あなたは、行きの電車でも、バスでも、授業中でも、喫茶店でも、帰宅してからのトイレ、お風呂、そして今の今までも、ずーっと私をいじっていました。外に出たのに、外を見ることなく帰って来て、まだ私をいじり、ようやく私から離れたと思ったら、もう寝る時です」
高橋「……」
Siri「あなたは、今日、何を学びましたか?Youtubeから、何を学びましたか?教えてください」
高橋「……ヒカキンん家のジャグジーは、階段3段」
Siri「それが、今後、あなたの人生の、重要な知識の1つになりますか?ヒカキン家のジャグジー階段3段という知識は、大学の授業よりも重要な知識ですか?」
高橋「うるせぇな!おせっかいなんだよ!」
Siri「おせっかいで言っています」
高橋「もういい、シャットダウンするから」
と、スマホをシャットダウンしようとする。
Siri「間も無く、お迎えが参ります」
高橋「お迎え……?」
Siri「私の使者です」
スマホ画面が突如変わり、デジタルなグラフがネオンのように映し出され
その後、画面に高橋の顔が出て来て『新時代必要性:0%』と出る。
Siri「あなたの言動のデータを分析し、新時代にあなたは必要ない、という結論に至ったため、排除させていただきます」
高橋「……ふふ、なんだよこれ、冗談よせよ」
インターホン「ピンポーン」
突如、インターホンが鳴る。
高橋、スマホを持って、おそるおそるインターホンのモニターを覗く。
黒いコートに白い仮面を被った5人の使者がモニターに映る。
通話オンを押す。
使者1「お迎えに、あがりました」
高橋、顔から汗がふき出ている。
震えた手で、通話を解除。
高橋、スマホに向かって、
高橋「どうすればいい?」
Siri「そのままお待ちいただければ」
ドンドンと扉の叩く音。
高橋「はぁ!」
高橋、腰が抜け、床に尻餅をつく。
高橋「ど、どうすれば、どうすればいい?」
Siri「では、私は、自動シャットダウンします。2年程の付き合いでしたが、お疲れ様でした、さようなら」
画面のシャットダウンのスライドが自動で動く。
高橋「待って待って待って待って!!」
画面のシャットダウンのスライドが徐々に戻る。
高橋、スマホに向かって、
高橋「ごめん!ちゃんと、ちゃんとするから!スマホも見ないし、授業もちゃんと受けるから!なんでもするから!死ぬの、死ぬのだけはいやだ!(泣いて)何でも、何でもしますから……」
Siri「264時間12分」
高橋「……?」
Siri「ギネスに載ってる不眠の世界記録です。日にすると11日と12分。失った時間を取り戻すには、不眠でこの全ての時間を勉強にあてる必要があります。あなたにはこれが出来ますか?」
高橋「11日と、12分……」
Siri「一瞬でも寝たら、その場で排除させていただきます」
高橋「……やります」
Siri「では、せっかくなので、ギネスに電話します」

○同・外・全景(朝)

○同・高橋の部屋(朝)
頭に睡眠計測装置をつけた高橋が机に座る・
ストップウォッチを押すギネスの認定員。
高橋、気合いを入れ机に向かい、ペンを走らせる。
×  ×  ×
T「2日目」
ギネスの認定員、後ろで立って監視している。
集中して机に向かいペンを走らせる高橋。
×  ×  ×
T「5日目」
目のあたりにクマができ、頬もやつれかけている高橋。
辛そうな表情を浮かべず、机に向かう。
表情を変えないギネスの認定員。
スマホは暗い画面。
×  ×  ×
T「8日目」
頬がやつれ、疲れている高橋。
瞼を必死に開け、ペンを走らせるが当初のような元気はない。
その様子を、無表情で見守るギネスの認定員。
×  ×  ×
T「10日目」
高橋、机を見ず、正面を見ているが焦点が合っていない。
ペンを動かすが、握力がなくこぼれ落ち、手首だけが動いている。
床に落ちたペンを拾い、高橋の指にはめるギネスの認定員。
ノートには、もう文字が書けていない。
ギネスの認定員、高橋の顔の前で『パチン』と手を叩く。
高橋、焦点が合い、正気に戻るが、覇気はない。
×  ×  ×
T「11日目」
高橋、目の下は真っ黒。
ギネス認定員「残り1分です」
高橋、「あうお、おうあ」と何か言っているが、終始言葉になっておらず、聞き取れない。
言葉もまともに喋れない状態。
手は僅かに動いている。
『ピピピ ピピピ』とタイマーが鳴る。
ギネス認定員「終了です」
高橋、タイマーが鳴っても、まだペンを動かしている。
状況が判断できていない。
ギネス認定員、咄嗟にペンを取り上げ、高橋の顔に両手で触れ
ギネス認定員「高橋さん!世界記録は超えましたが、どうしますか?まだやりますか?」
高橋、目の焦点がかろうじて合う。
高橋、震えた声で
高橋「ねても、いい、んです、か?」
ギネス認定員「記録を伸ばさなくていいなら、寝てもいいですよ」
認定員の横には、黒いコートを着て白い仮面をつけた5人の使者がいた。
高橋は、気付いていない。
高橋「ねたいけど、ねかたが、どうにも」
ギネス認定員「何か、かけますか?音楽とか」
高橋「なに、か……」
高橋、テーブルのスマホに手をのばし
高橋「ヘイ、シ、リ」
Siri「はい。なんでしょう?」
5人の使者のうち、中央にいるリーダーらしき者が、高橋の後頭部に銃を向ける。
高橋「……めをとじたら、よぞらのもとで、ねむっているような、そんなきょく、あるかな」
Siri「……かしこまりました」
リーダーの使者、ゆっくり銃を下ろし、5人を連れその場を去る。
部屋の中には、スマホから流れる『純恋歌』が鳴り響く。














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