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テロに屈して統一教会をつぶしたとき私たちは何を得るのか

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加藤文宏


何を得るためのものかという疑問

 安倍晋三元首相が暗殺されたテロから、すべてがはじまった。
 テロから1年3ヶ月後、政府は旧統一教会/現家庭連合に対して解散命令を下すための手続きに入った。旧統一教会はテロを行ったのではなく、教団は安倍とともに標的にされた側だったが、犯人が望んでいた通りになったのだ。
 盛山正仁文科相は旧統一教会を、「多くの方々を不安や困惑に陥れ、その親族を含む多くの方々に財産的、精神的犠牲を余儀なくさせて、その生活の平穏を害するものでした」と語った。
 旧統一教会は約20年かけてコンプライアンスを向上させ献金トラブルを減らしていた。いっぽうで献金を苦にする人がいる宗教団体が多数存在している。聖神中央教会は、主管牧師が教義を用いて脅したうえで、成人女性から小学生までを強姦して懲役20年の刑が確定し、献金問題も抱えた宗教法人だが解散請求されていない。
 文科相が言う「多くの方々」のうち、信者の親族らは教団が解散することで安心するらしい。では私たちは、暗殺犯が望むまま旧統一教会を解散させて、何を得られるのだろうか。

あなたにとって解散請求とは

Dさん
Dさんの経験と時代背景

 これまでに取材した信者から親族を紹介された。Dさんは二世信者の叔父で、弟の旧統一教会への信仰に反対の立場を取り、現在は容認するに至っている。
 ──解散請求の手続きがはじまった。
 「何十年も前なら大喜びした。信仰を捨てさせる手段をいろいろ考えたくらいだ。いまは、複雑な気持ちだ」
 ──なぜ信仰に反対していたのか。
 「大学のキャンパスに原理研究会が入り込んで勧誘していた。実際に見たわけではないが、入信した学生がトラブルを起こしたという話ばかりだった。姉が信者の鈴木エイトと私は似たような年齢で、よく似た経験をしてきたのかもしれない」
 1960年代から70年代は、統一教会の教祖文鮮明が提唱した「統一原理」を研究する「原理研究会」が各地の大学に広がり、活動が統一教会と一体のものであったことから勧誘法と信仰が社会問題化した。1980年代に至ると、原理運動批判から生まれた統一教会を嫌う風潮が一般化していた。
 ──反原理運動に参加していたのか。
 「どちらかというと左派だったので、反原理や反勝共連合の学生たちを知っている程度だ。統一教会と勝共連合は完全にひとつと思い、当時の常識として極右、おかしな宗教と認識していた」
 旧統一教会は宗教法人だが、同教団の教祖文鮮明が反共主義の政治団体「勝共連合」を設立している点が特異である。朝鮮半島はヤルタ会談によって北をソ連、南をアメリカが統治し、戦闘状態が1953年まで続いていた。政治体制の対立は朝鮮半島に限らず、1960年代に入ると共産主義国と資本主義国間の冷戦は軍拡の時代へ突入する。こうした時代背景のなか、朴正煕政権の「勝共民主理念」を受けて文鮮明が勝共連合を設立した。日本もまた冷戦下の緊張状態と無縁ではなく、安倍晋三の祖父岸信介らが発起人になって、共産主義の拡大を防ぎとめる意図から日本にも勝共連合が設立された。
 ──弟の信仰を容認したきっかけは?
 「意外なくらい普通だったからだ。極右でもないし、狂ったような献金もしていなかった。これが洗脳だったら神社に初詣するのも洗脳だ、と感じてショックを受けた。その後、信者の女性と結婚して、甥が生まれたとき完全に認めた。くだらないと思うかもしれないが、かわいいからね甥っ子は」
 ──解散請求への複雑な気持ちとは?
 「弟夫婦と甥っ子たちは、言われなければ誰も統一教会の信者とはわからない。他の人たちと変わらないし、こうした家族は教団のなかで特に珍しいわけでもないらしい。私も弟夫婦の家族と人並みに幸せにやれている。『えっ、これが普通の信者たちなのに、解散させるのか』と驚いた」
 ──だが暗殺犯の家庭はちがったらしい。
 「山上のような家庭が混じっていたら宗教がつぶされる。でも、そんな宗教は統一教会だけだろうか。これまでの人生で、いろいろな宗教に、いろいろなトラブルを抱えた人がいるのを見聞きした。うちが檀家になっている寺にだっている」
 ──世の中にとって解散請求はメリットがあると思うか。
 「(長考したあと)どうだろうか、メリットはすぐに思い付かない。でも解散請求が通ると、信者を拉致監禁して棄教させていたことが正しかったことになる。他の宗教にもいろいろなトラブルがあるから、これからは他の宗教の信者を監禁するようになるだろう。それでも誰も文句を言えなくなる」
 ──拉致監禁がまだ続くというのか。
 「弟に信仰を捨てさせるため調べた。拉致監禁はボランティアではなくビジネスになっている。ノウハウが確立されているのだから、やめるはずがない。宗教法人でなくなった家庭連合の信者と、次の標的にされた宗教の信者が狙われるだろう」
 ──私に「誰がいつ旧統一教会に誘い込まれてしまうかわからないから、解散させるべき」と意見を送ってきた人がいる。
 「オレオレ詐欺に騙される人がいるから詐欺団を撲滅すべきだという感覚で、言っているように感じる。その人たちにとって弟夫婦は誘いこまれたことになるが、幸せにやっている」
 ──それは生存者バイアス(失敗した対象を見ず、成功した対象のみを基準に判断をしてしまうこと)と言われそうだ。
 「嫌ならやめられるのが統一教会だ。なんとなくやめた人もたくさんいると聞いているし、弟夫婦が付き合っている人の中にもいる。山上とか鈴木の経験……こういう失敗側や強い恨みを抱いた側だけの言い分を、鵜呑みにしてはいないだろうか」

Eさん夫妻
Eさんが読んだという筆者の論考

 noteや月刊「正論」に書いた統一教会についての論考を読んで、感想を送ってくれるEさんから話を聞いた。
 ──解散請求の手続きがはじまった。
 「質問権行使で無理そうだったのに、いくつか回答がないから極悪とされた。強引さを感じた。急展開で審議会が開かれて全会一致で決めた。焦っているのがわかる。こういうのをファシズムと言うのではないかと思った」
 ──はじめは旧統一教会をだいぶ嫌っていた。
 「統一教会といえば、同世代の歌手桜田淳子と体操の山崎浩子だ。洗脳されて、相手もわからないのに合同結婚式で夫婦にさせられると言われた。妻も、以前から気色悪いと言っていた」
 桜田淳子は1958年生まれ、山崎浩子は1960年生まれ。二人は1990年代前半に旧統一教会の合同結婚式に参加すると報道され、騒動になった。
 ──いまは、どう思うか。
 「教義はまったく信用できないが、それとこれとは別と切り分けられるようになった。政治とズブズブと言うなら、創価学会と公明党はどうなる。創価がやらかしてきた批判本の販売を邪魔した事件などは、組織的でかなり悪質だし、二世の問題は今も続いている」
 1960年代末から1970年代に、池田大作はじめ創価学会と公明党に批判的な書籍の出版や販売を、学会員や公明党関係者が脅迫や圧力によって妨害した。また1957年の創価学会大阪事件、1968年の新宿替え玉事件、1969年の練馬区投票所襲撃事件と選挙関連の事件も起こしている。
 ──
考えかたの変化は、私の取材記事や論考を読んだ結果か。
 「読んで、いろいろな考え方があるのを知った。いろいろな考え方を自分で確認していくうちに、報道が一面的にしか伝えていないのがよくわかった」
 ──解散請求を伝える報道に何を思ったか。
 「創価は大反対しなければおかしい。反対しないのは、自分たちは政治の中心にいて安全だと思っているからだ。創価にかぎらず、みな勝手すぎる」
 ──世の中にとって解散請求はメリットがあると思うか。
  「メリットがあるように思うのは、二世の問題を家庭の問題ではなく、自民党のせいにしたい人たちだろう。暗殺犯と考えが同じなら、世の中が正常になったと思うはずだ。でも、決めたのは自民党なのだから、自民は暗殺犯が正しいと認めたようなものだ」
 ──自民党の内部でも異論があると聞いている。
 「そうかもしれないが岸田政権が決めてしまった。決めた理由にはいろいろな説があるらしいが、これくらい訳がわからない決定は珍しい」
 ──世の中には「誰がいつ旧統一教会に誘い込まれてしまうかわからないから、解散させるべき」という意見がある。
 「誘い込まれてしまうのが悪いと言い出すと、宗教のすべてを禁止したほうがよくなる。日本には信教の自由がある。宗教禁止なら憲法改正だ。共産党の民青なども、よくわからないうちに誘い込まれてしまうから解散させたほうがよいとなったらどうするつもりか」

個人的なカタルシスと社会の利益

1.個人的なカタルシス

 安倍晋三元首相を暗殺した山上徹也は、母親が旧統一教会に献金した全額でなかったとしても返金を受けている。返金の経緯は未だ不透明ながら、宗教法人の対応としてはあまりにも異例だ。しかし、安倍と統一教会の関係を誇大妄想するかのように暗殺が実行された。
 Dさんが指摘したように、鈴木エイトの姉は旧統一教会の信者であり、姉の入信が教団追及の原点とされる。教団追及では安倍を教団と共犯関係にあると捉え、安倍と自民党を諸悪の根源と目した。彼は犯行前の山上とツイッターのDMでやりとりしたと言っている。
 この山上(または山上の伯父)と鈴木によって、昨年来の旧統一教会追及の発端がつくられ騒動の口火が切られた。それは個人や家族のできごととしてではなく、日本の政治が抱える宿痾による被害例として問題提起された。
 だが実際には、献金がもたらす弊害を解消するため消費者契約法を改正し、霊感商法取消権を制定したのが安倍政権だった。旧統一教会もコンプライアンス向上を徹底してきた。だか、これらは無視された。
 なぜ1980年代から90年代の教団像が、再放送されるように持ち出されたのか。現在の旧統一教会では、社会問題として騒動を生み出すことができなかったからだろう。追及できなければ、カタルシスは得られない。規模が大きくなるほど、正当性を強く印象付けることができる。
 解散請求の手続きが始まったと聞いて、山上は満足げであったという。鈴木の大義はわからないが、私的な不満はひとまず解消へ向かうことだろう。これが両名にとっての戦果であり成果と言える。

教団追及に至るまでの背景と追及の実態

2.社会にとっての利益

 個人や家族のできごととしてではなく、日本の政治が抱える宿痾による被害として旧統一教会追及が行われたのだから、山上と鈴木以外にとっての利益も問われて当然である。
 だが、私たちの社会が何を得られるのかわかりにくい。
 旧統一教会が解散請求されるいっぽうで、冒頭で例にあげたような宗教法人が長らく存続している。Eさんは、創価学会や共産党も勧誘から献金、二世問題のほかさまざまな社会問題を引き起こしていると言った。旧統一教会追及が解散請求を求めたのが世論なら、Eさんたちの声もまた世論だ。
 得るものがわかりにくいいっぽうで、失ったものははっきりしている。
 鈴木は、安倍が旧統一教会と関係のあるNGOの集会にビデオ出演して5000万円の報酬を得たとしたが、事実無根と教団から提訴された。不確かな情報を事実であるかのように伝える行為と、こうした情報を根拠として検証や反論を遠ざける報道が罷り通ってしまった。
 これだけではない。鈴木が余人の信仰を暴露してアウティングしている行為や、ワイドショーで宮根誠司がスタッフの信仰を明らかにしたいと発言したことが放置されるだけでなく、正義として扱われた。Dさんが指摘した、信者を拉致して長期間監禁する脱会ビジネスも擁護され、批判者は教団の代弁者と烙印を押されて発言権を奪われた。
 現政権が手離れを最重視して解散請求へ駒を進めたため、被害者救済のため教団の財産を保全する特別措置法案を制定しようなどと、財産権を侵害する泥縄式の対応が進められている。後先を考えずに教団追及が行われ、カルトとレッテルを貼れば何でもできる前例をつくってしまった。
 このように、人権を筆頭に基本的な諸権利が傷つけられ踏み躙られている。
 何のために、誰のためにテロに屈して、私たちの社会は後退しなければならなかったのか。責任の所在とともに、厳しく追及しなくてはならない。

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