ジャッカロープを探して 最終話

           mosoyaro

 陶芸教室はまず土の種類、菊煉の説明から始まり、ロクロでの棒立て土殺しへ。
これが出来るようになることが基本で、人にもよるけど普通に習得するには3年位かかる。
体験教室なのでその日は菊煉も棒立てもやってもらい電動ロクロをゆっくり回しながら湯呑みに挑戦した。
初めての体験で思うようにはいかなかったけど楽しかった。
すみれさんもそうだったに違いない。よく笑っていた。

仙さんと川島さんはとても仲が良く
息が合っていた。何も知らない人が見たら夫婦と思うだろう。
帰りの車の中でそんな2人の話になった

「あの2人本当に仲良さそうでしたね。正直見た目は私の想像していた感じとは違いましたが」
「見た目はね。仙は化粧っ気もないし色気なんて感じないんだけど、何故か昔から男がついてくるのよ 不思議でしょ」

 その後 何回か陶芸教室に通ってその言葉の意味がわかった

仙さんは何かをする時の仕草がとてもかわいかった。気が利いて、綺麗好き、男の言うことは全部受け入れるタイプ。
私達の前ではあんまり笑わないし無言でタバコをふかしてばかりなのに
師匠の前では小さい事にもよく笑い笑顔を絶やさない。
自分といる時しか笑わない、自分を1番気遣い作品作りも食べ物も趣味も合わせる。
いないとスースーして寂しさを感じるだろう。
女同士でも魅力はわかる。
無理に合わせてるわけではなさそう。
きっと天性のものなのか、男に好まれる女とはこういう人なんだろう。

師匠 川島さんは人の気持ちを敏感に察する人。
サプライズ的な事をして楽しませてくれたり、手料理を食べさせてくれたり、優しくアドバイスしてくれたり  器作りが上手くできない時には励ましてくれたりする。
教室に来て好きになり、彼女になりたいと言う人が後をたたないのはそのせいだろう。
妹の不倫相手という事を一瞬忘れているのかもと思うくらい時々すみれさんがうっとりいている時がある。

だけど私は何故か川島さんの事が何度会っても好きにはなれなかった。
川島さんの作る器も好きじゃない。
見た目は綺麗だけど実用的でなく冷たい器。
誰かの寂しさに付け入る感じで、優しい声も笑顔も胡散臭く感じてしまう。

こういう男は要注意だ、と私の中の警笛がなる。
深入りすると酷い目にあいそう。
だけどこういう男を好きになる女は多い。

実際その時、川島さんには彼女が3人いると仙さんから聞いていた。

1人目は近くの幼稚園の園長先生。
50代後半で独身。見た目は大柄で肉感的な女性。
髪はショートで日焼けしているせいかきちんと化粧していても年齢より老けて見える。
親の代からの幼稚園を継いで経営を覚えている間に婚期を逃していた。
川島さんと会う時だけが唯一の息抜きになっている。
いつもスーツを着て背筋を伸ばしていないと子供達の父兄から自分を守れないのだろう。
川島さんから先生でも経営者でもなく 1人の女として優しく接してもらえて嬉しいのだろうが、弱い心につけ込まれ利用されている。
かなりの金額、川島さんに貢いでいるらしい。

2人目はこの辺りに広い土地を持つ農家の娘。
40代後半で独身、この工房の土地を提供していた。
美人だけど小さい頃から体が弱く遠くには行けない。諦める事が多かった人生を送ってきただろう。
川島さんがカメラマン時代、畑の野菜や果物の写真を撮った縁で親しくなった。
美人なので被写体として関わり教室のポスターやチラシのモデルにもなっていた。
川島さんは仕事柄いろんな国や場所に行く事が多かったのでその頃の話が魅力的だったのだろう。
私もチラッと見た事がある。綺麗で儚そうな印象の女性だった。

3人目が仙さん。
家の中の細かい掃除や庭の草木の手入れ、陶芸の道具の管理は仙さんがやっている。
教室に新しい生徒を連れてくるのも主に仙さんだった。
3人共川島さんにとって都合の良い女結婚してくれとも言わないし、自分の都合で会う会わないをコントロール出来る。頼み事もきいてくれる。
自分が嫌になった時はいつでも捨てられると思っている。

何も人を殺したとか、泥棒をしたとか詐欺をしたとか、暴力を振るって怪我を負わせたとか、そんな人だけが悪い人ではない。
むしろ目立たないように上手に人の心に忍び込み、自分に都合の良いように振り回す、それの方がよほどタチが悪いんじゃないかと思う。

仙さんに聞いた事があった、
「川島さんのどこがそんなに好きですか?ご主人より愛する息子よりあの人を優先する理由はなんですか」
と、仙さんはビックリした顔をして
「そんな事聞かれたのは初めて 今まで誰にも聞かれた事ない。
サリーちゃんに話して理解してもらえないと思うけど、、、
なんて言うかな、あの人いい匂いがするのよ。
その匂いが好きで離れられなくて。
あっ誤解しないで、別に体臭の事じゃないから。あの人の魂の匂いが好きなの。
初めて会った時から。
側にいると懐かしくて、嬉しくて、幸せな甘い香りがしてくるの。なぜなのかよくわからない、だけどその香りは出会ったときから今もずっと変わらず私を夢中にさせてる」

そんな男を殺したのだった。いったい何が起きたのだろう。

「なんで殺したんですか」
仙さんはこっちを真っ直ぐに見て
「なんでって、川島さんを独り占めしたかったからに決まってる。
幼稚園の先生も農家の女も私の敵じゃなかった。だけど一年前新しい女ができた。
仏像師の女。
その女が初めて工房に来た時、私も隣にいたからよくわかった。川島さんの目の色が変わったの、心 を持っていかれたのがわかった。
その時から全てその女の言いなりになって、私から離れていきだした。
そんな事今まで一度もなかったのに、、我慢できない。
体だけなら許せる、だけど心が持っていかれるなんて許せない。
だから殺した、自分の物にするために
後悔なんてしてないし、悪かったとも思ってない。
今世ではもう終わったけど来世でもまた見つけだす。
次もその次も何回生まれ変わってもあの人を見つける自信がある」

ドヤ顔で仙さんは笑っていた。

私は言葉を失った。めまいと寒気がした。
なんて事を言い出すのだろう。
そんな気持わかりたくもない。
周りをどれだけ不幸にしてるのかわかってない。
やっぱり川島さんはろくでなしだ。
そしてそんな男と出会った事が仙さんの罪だ。
運命だと思っている、勘違いなのに。

「馬鹿ですよ、あんな男手に入れても幸せにならないって気付きませんか。
いい加減にしてください。
もう二度と来ません、さようなら」
仙さんに背を向けドアを開けて出て行こうとした時、ドンドンとアクリル板を叩く音がした。

「ねえ サリーちゃん、今付き合っている男ろくな男じゃないでしょ。
他人の事はよくわかるんだよね。
でも自分の事はわからない。
離れられないんでしょそいつと。
なんならその男 私が殺してあげようか。だってサリーちゃん可愛そうだもん」
と言った。

私は急いで外に出てドアを閉めた。

もしかして私今かわいそうって言われたの?
かわいそうなのは仙さんだよね?男で人生を狂わせた。

ドアの前にしゃがみ込んで動けなくなった。
私は怖くなった。
もしかしたら私も仙さんみたいにいつか貴一を殺してしまうかもしれない。気づいてなかった、バカなのは私も同じだ。
あの時、さとみじゃなく自分が選ばれたと思った さとみに勝ったと。
だけど違う、勘違いだ。
本当は、貴一の匂いから離れられなくなった事を感づかれ、利用できると思われたから私を選んだだけだったんじゃない?
考えたこともなかった、だから一緒にいてもずっと苦しかったんだ、きっとそうだ。

今すぐ貴一と別れないといけない

 その日から私は部屋に戻るのをやめた。
友達の家に転がり込んだりビジネスホテルを利用したりしながら引っ越し先を探した。
会社にも辞表をだした。

貴一からの連絡を一切絶って2週間後には引っ越しを完了させた。
とにかく逃げようと決めてから私は後ろを振り向かなかった。
一回だけ一方的にメールを送った。
内容は
「私はあなたを捨てます。あなたも私を捨ててください」
とだけ

心配したすみれさんから何度も連絡がきた。事情を話したらなにかと力になったくれた。

そんな時

仙さんが刑務所で舌を噛み切り自殺した。

 日本に生まれてきたことだけでも幸せだと言う人がいる。
そうだと思う。
悲しいことだけどこんなに文明が発達した今でも自由に自分の生き方や結婚や宗教や職業を選べない国がある。
そんな中で日本は自由だ。
なのにわざわざハズレな人生を選ぶなんてダメに決まっている。
一度結んでしまった縁は中々解けない。良縁も悪縁も。

それでも良い縁は見分ける方法がある簡単な方法だけど気づきにくい。
考え方を変えてみる、そして行動してみる、それだけ。
冷静に自分を見つめ今の自分は幸せかを考える。
幸せでないと感じたら自分の立つべき位置はそこではない。次に行こう。

1人になりたくて一人暮らしを始めたのに、また1人になってしまうことが怖かった。
相手の男だけが悪人ではない。
弱さに向き合わなかった自分のせいだ。

仙さんみたいになりたくないなら、エレベーターに乗って生きていく階を変えたら良い。
難しいかもしれない、甘くて良い匂いがして離れられられないかもしれない。
だけど勇気をだして、その場所に居続けるのをやめる。
一度しかない人生だから。
逃げるなんてその場しのぎと言われようが関係ない。
職場を変えたり、引っ越しをしたり、追いかけられたら公共のシェルターに駆け込んでも良い。
学校では教えてくれなかった。
子供の時にその場から逃げても自分を守るためなら間違ってないと教えてくれたら。
困難に立ち向かえなんて軽々しく言わないでほしい。
本当に立ち向かえる人は沢山はいないし逃げることも勇気がいる。
新しい場所では
今よりずっと幸せになるし自分を好きになれる。
私にも一緒にジャッカロープを探してくれる人が必ずいる。そう信じてみよう。

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