黒とグレーと少しだけ白 最終話

          mosoyaro

 椎名さんから話を聞いた次の日から、柊は熱心に勉強し始めた。
そしてある日家族にこう言った。
「俺、司法試験に挑戦しようと思う、いいかな。
高校は認定試験を受けて、大学は法学部を目指す。
受かるかどうかはわからないし、それを職業にするかも今は決めてないけど、法律の勉強がしたくなった。
また心配かけるかもしれないけど、応援してくれないかな」
それを聞いて母は泣き出した。
「柊、良かった。目標ができたね。
とりあえずでも良いよ。
ゆっくり考えながら先に進めばいいし。
お母さんは応援する」
「お父さんも応援する。将暉はどう思う?」
「実は僕も司法試験受けてみようと思ってた。柊と一緒に法律を勉強する」
「にいちゃんは建築家が夢だろ」 
「建築士の資格もとる、だけど法律も勉強しとけば武器?いや自分を守るツールになると思う。
今回の事で、知らないって怖いなと思った。
何の仕事に就いても、知識は無駄にならない。
柊、一緒に頑張ってみよう」
「うん、俺色んな事に負けないような人になりたい。頑張る」

それから僕たちは2人で猛勉強した。
そして合間にジムに通い身体も鍛えた。
気分転換になるし、身体が健康でないと、ここぞという時に動けない。
もう一つ、ディベートの練習もした。
自分の考えを相手に理解してもらう事はとても大事だと思う。相手を負かす為ではない。
あくまで、気持ちを相手に伝える手段だ。
訓練すれば上手くなるらしい。

柊は日に日に元気になっていった。
自信がついてきたからか、前みたいに無邪気に笑うようになった。
人前に出て話せるようにもなった。
優しい性格はかわらずで、一番近くで見守ってきた両親と僕はその事が嬉しかった。

柊は高校卒業認定試験をうけ無事に合格。
大学は九大法学部に見事合格。
僕は2年間大学を休学していたので、復帰した時、柊とは学部が違う同級生になった。
法律と建築の勉強を両立させ、建築士一級と予備試験を受けて司法試験に合格した。
一般から司法試験を受けるには、予備試験にまず合格しなければいけなかった。

柊は大学院に進み、在籍中に試験に合格し、弁護士の道を選んだ。
今は弁護士事務所に入り忙しい毎日だ。
活躍している。
時々イケメン弁護士という肩書きでテレビに出たり、雑誌からインタビューされたりしている。
以前にも増して人気者になった。
もちろん人気だけじゃない。裁判も負けてない。
人気者になっても手は抜かない。

母は柊が出演した番組を全部録画している。

僕は
建築家にも法律家にもならずに叔父さんの事務所で探偵をしている。

叔父さんからはやめておけといわれたけど、僕が強引に頼み込んだ。
夢は今でも建築家。
だけど少し遠回りする道を選んだ。

僕は思い出した。
僕と柊がまだ小さくて、叔父さんが刑事だった頃。
叔父さんが珍しく親戚の集まりに顔を出した。
酒飲みの長い話にうんざりしたのか、庭でタバコを吸っていた。
その日は天気がよく、空が青かった。
僕と柊はおじいちゃんの部屋から虫メガネを持ち出し庭で遊んでいた。
アリをみたり、バッタを見たり。

僕が虫メガネで太陽を見ようとした時、叔父さんが
「こら!虫メガネで太陽を見ちゃダメだ。目が見えなくなるぞ」
と大声で怒った。
僕はびっくりして動けなくなり、柊は泣き出した。
叔父さんは慌てて柊を抱き上げ、僕の頭を撫でながら
今度は優しい声で
「虫メガネで太陽を見ちゃダメなんだよ。目ん玉は黒いだろ、黒い所に太陽の光が集まると目ん玉が燃えるんだ。 熱いのも目ん玉燃えるのもいやだろ。わかるかなぁ」
「うん?」
「言葉では無理かな。そうだ、手品を見せよう、よーく見とけよ」
そう言ってズボンから手帳とペンをとりだした。
手帳を一枚破いてペンで一箇所を黒く塗りつぶした。
そして虫メガネでそこを照らし始めた。
僕も柊も黙って叔父さんのする事を見ていたその時、紙から白い煙が出てきて燃え始めた。
「おー」
2人で声をあげた。火はすぐに消され、叔父さんは燃えカスとその紙を見せてくれた。
穴が開いていた。
「えー何で?叔父さんすげー」
「な、黒い所が燃えただろ。
目ん玉は黒いから同じ事したらどうなる?」
「燃える」
「そう、燃えるんだ。燃えたら熱くて苦しいぞ、目も見えなくなる。
だから虫メガネで絶対に太陽は見ちゃダメだ。
そして、今やった事を大人がいない時にやってもダメだぞ。火事になるから。火事になったら家が焼けてしまうからな、約束できるか」
「はい、約束します」
「よし、2人とも良い子だ」
その後優しく抱きしめられた。

何故刑事を辞めて探偵になったのかと聞いた。
あの頃、叔父さんは黒と白の世界で生きていた。
有罪が黒で無罪が白。

事件が起きる度、何度も犯人を捕まえて、黒い部分を燃やした。
だけどまた違う所が黒くなる。
燃えた後、その周りは焼け焦げた色と匂いが残る。
白には2度と戻らない。

世の中を変えようとか大それた事は思ってない。
だけど世の中の片隅で白を白いままで守り、グレーを白に近づける事はできないのかと思ったらしい。

犯罪を犯す前の人間の心は闇に近いグレー。
犯罪に巻き込まれた人や家族も心は深いグレー。
行方不明者を探す家族の心も心配でグレー。
浮気を疑う気持ちも愛情という名のグレー。
ストーカー被害も家庭内暴力もグレー。
法律スレスレの行為や想いが渦巻く世の中にはグレーが沢山ある。

黒くなる前に誰かに相談したい。
何とかしたい気持ちでいっぱいになる。苦しい。
だけど現実問題、事件にならないと警察は動けない。

刑事の時にできなかった思い。
ただ、捕まえるだけで良いのか?
こうなる前に何か出来なかったのか。
何度も自答自問を繰り返して、警察を止める事を選択した。
警察にはできない事をやる。

仕事だからお金は頂く。
同時に、お金を払ってでも解決したいと願う、その強い想いに応え、寄り添う覚悟を決めた。
それで刑事を辞めて探偵になったと叔父さんは言った。
叔父さんはかっこいい。その思いに感動した。

探偵をいつまでやるかはまだ決めていない。
答えが出ない。
今は目の前の依頼に手一杯だ。
確実なのは相談に来る人達は皆んな幸せになりたいと思っている事。
微力ながら、そんな人の力になれたときは幸せを感じる。
他人はそんな生き方は勿体無い、もっと自分を大切にと言うけれど
そんな生き方もあって良い。
そんな人間がいても良い。
僕はそう思う。

             おわり

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