おだまり  4

最終話
             mosoyaro

 ロデムの横を一緒に歩いてきたその人には、ロデムの姿が見えているのだろう。
子供の私から見ても若いお姉さん、切長の大きな目がとても印象的で、栗色の長い髪が風になびいていた。
白いレースのブラウスに膝丈より少し短いチェックの赤いスカートを履いている。
とても可愛い。だけど、、、どこかアンバランスな感じがした。
すぐにその違和感が何なのかわかった。
スカートから出ている左足は金属だ。
義足?
右手には火のついたタバコを持っている。

彼女は私の目の前まで来て立ち止まった。少しかがんで横を向き
「この子かな?私に会わせたかった子は」
とロデムに話しかけた。ロデムは頷いた。

「そうか、ではまず自己紹介しよう  私は徳川 凛、高校三年生。
昨日東京から福岡に来た ただの観光客だ。
福岡に来る前日の夜夢をみた。夢の中でこの犬が私に会わせたい人がいるので近々紹介する と言った。
やけに生々しい夢だった。
そしたら昨日の夜本当にホテルの部屋にやって来た。
この姿は兄には見えない。私にだけ見える。
私には子供の頃から普通の人間には見えないものが見える。
時にとても厄介な能力だ、こちらの都合など関係ないからな。
まあいい それでお前この犬とはどんな関係だ?お前にも見えてるんだろ、この姿が」

黙って聞いていたけどこの人 見た目とは違い、お前とか犬とか随分と失礼な言い方だな。

「犬 犬って馬鹿にした言い方やめて。ちゃんと ロデム って名前がある。
こっちが聞きたい。突然現れて私に何の用」

凛はふーっとため息をついて
「随分なセリフだな せっかくここまできてやったのに。
まあいい それで?ロデムとやら、この子を私に会わせたかった理由はなんだ」

ロデムが話し始めた。

「徳川 凛、お前に頼みたい事がある。この子供、まりの面倒をみて、まりの夢を実現させてほしい」

「はあ?何故私がこの子の面倒をみて、この子の夢の実現に手をかさないといけない。
なんの繋がりもない、今会ったばかりの子供の面倒を。意味がわからない わかりやすく説明しろ」

凛は怒りだし悪態をついた。
そうだろう、中学生になりたての私にも凛が怒りだした気持ちがわかる。
あまりにも突然すぎる提案だ。

そんな凛を気にするでもなくロデムは話を続ける。

「まりは お前がこの世に生まれてきた答えになる。なぜならお前たち2人は波動が一緒だ。
喜びも悲しみも通じあえるはず。親子でも同じじゃない、夫婦でも。
本来一人一人波動は違う だけどお前たちは同じだ。
今はわからないかもしれない、だけどきっとわかる日がくる、まりはお前の救いになる」

凛は近くにあった大きな石の上に座り込んだ。何かをジッと考えている。
タバコの火は手に持ったまま消えてしまった。
ロデムと私の顔を交互に見ている。
どれくらいの時がたっただろう。
凛はゆっくり立ち上がった。
さっきまでの表情と違って優しい顔になった。

「なんだかよくわからないけど、わかった。この提案を受け入れよう。
心配ない、私の家は金持ちだ。子供1人など何とでもなる。
ところでおまえ、いや まりは何歳だ?」
13才」
「そうか、、、、では私の妹にしてやろう。一緒に暮らせるように手配する」

私はロデムの方を見た。
大丈夫、信じていいと言った。
私は差し出された凛の右手をぎゅっと握り返し、この不思議な縁を信じてみようと思った。

「色々準備して1週間後に迎えにくる。それまでに皆に挨拶をすませるように」
凛はそう言って帰って行った。

約束通り、1週間後凛は大きな車の後部座席に座って私を迎えにきた。

私は園長と園の皆んな、唯一の友達 月に挨拶をし凛について行った。

凛は江戸時代を築いた徳川の子孫だった。
受け継がれてきた資産があり日本だけでなく世界中で色々な事業をてがけていた。
兄が4人いた。福岡には2番目の兄と一緒に来ていた。

私は東京に行き凛の家族と暮らしながら中学高校へ通った。
凛の家族は私を見て最初は驚いて引き取る事に反対だったが、凛が私に優しく接する所を見て態度が変わった。
それまでの凛は家族以外には誰にも優しくなかったし、心を開かなかったので驚いて、凛のためには良い事だと判断したらしい。
家族は私に優しくしてくれた。

凛と凛の家族との生活は今までの環境とは全く違った。
毎日が新しい発見で楽しくて嬉しい。
源がいなくなって私の目に見える景色はグレーだったけど、少しずつ色を取り戻していった。
環境に慣れるのにそう時間はかからなかった。

そして
凛と暮らし始めてからロデムは私達の前に現れなくなった。

大学はアメリカに留学。IT関連の勉強や経営学、法律など学んだ。在学中にITの会社を立ち上げた。
凛は一足先にITの会社を立ち上げて成功していた。そしてその利益を体の不自由な人の為に役に立つ研究者へ投資していた。

恋もいくつか経験した。皆いい人だった。だけど私は源の事が頭から離れない。
源は私の光だった。今でも光だ。
また会おうと言い別れた。あの日源を引き止められなかった後悔が今でも続いている。
また会いたい。だけどそれは今ではない。
私は源との約束をまだはたしていない。 
源と過ごした日々は忘れてしまいたい過去ではない現在につながっている。

私は凛のアドバイスを受け、生まれ故郷の福岡にこども舘を建てることにした

何故福岡なのか?

一つには地方都市だから邪魔が入りにくい。
東京みたいな大都市だと各省庁の大物が近くにいてうるさい。自分達の既得権を主張する者が多く対応に時間がかかる。

面倒な圧を全部無視したい。補助金などを申請しないで私財で運営しようと考えていた。
そんな私が目障りなのか多くの嫌がらせを受ける。
だけどそんなものを怖がってしまうと話が先に進まなくなる。
地方都市に圧力が全然ないわけではない、むしろ地方ならではのややこしさはある。
だけどややこしいの規模がちがう。
新しいことを始めるなら地方都市だと思う。

凛は私にとって一番大切な家族になっていた。
ずっと後になってから凛は私と最初に会ったあの日の事を話してくれた。

兄弟の中で1番優しい2番目の兄に気分転換で福岡に一緒に行かないかと誘われてきたらしい。 
久しぶりの旅行、海外に行くにはまだ体が整ってなかったから国内ならと医者が許可を出した。2年ぶりの外出。

徳川の家は男が多く女はほとんど生まれてこない。生まれてきても10才くらいで病気や事故で死んでしまう。
凛には兄が4人いる。
久しぶりに産まれた女の子。
だからか皆からとても可愛がられて大事に育てられた。
わがままで友達は出来なかったが、両親も4人の兄達も皆優しく、経済的にも容姿にも知能にも恵まれていたので幸せだった。

あだなは 姫
生きていてくれればそれで良いと小さい頃から言われて育った。
何不自由なく楽しく生きる。
疑問を持ったことなどなかった。

あの日までは

高校一年生の夏、脇見運転した車がスピードを出してカーブを曲がりきれず自分に突っ込んできた。
自分に何が起きたのかわからないまま、病院で目が覚めた時には、左足がなくなっていた。
突然の絶望。
自分の姿を受け入れられない。
昨日までの自分とは全く違う人間になったような気がした。

家族や病院のスタッフはまるで腫物を触るように扱った。 
毎日感情を抑えきれずにわがままを言った。
暴れたし暴言もはいた。
どうしようもない感情を抑えきれずにいたある日、手術をした外科の先生が病室に会いにきた。
まだ若い、だけど外科医としてはとても優秀な先生だった。 
その時は命を助けてもらってありがとうございますと言えなかった。
ひどい悪態をついた。
なぜ足を切断したのか、藪医者だろうとか、下手くそだとか。
先生は怒りもせず、言い訳もせず黙って聞いていた。
そして泣いて暴れる私の手を押さえてこう言った。

「じゃあ殺せば良かったかな。そっちの方が幸せだった?
だとしたら僕は余計な事をしたね」
と言った。
「だけどこれだけは言わせてもらう。
僕は医者だから命を救う事が最優先なんだ。
まだ、若い君に生きてほしかった。これから先の人生、生きてて良かったって感じてほしいと思ってる。いけないかな?
君が手術から目が覚めてずっと泣いていてリハビリもしないって聞いた。
僕は悲しいよ、君は生きてるのに。
生きてほしいと頑張ってもダメな時がある。
僕は医者の前に人間だからダメな時はその度に悲しいし自分を責める。
もちろん君は突然左足を無くしたんだ、悲しいよな。受け入れるのに時間が必要だと思う。
だけど忘れないでほしい、君にはまだ右足も両手もある。考える頭もある
こんな言い方は失礼かもしれないけど無くなってしまったのは左足だけだ。
今は健康な心も失っているけどね。
やけにならないで、自分を大切にしてほしい。
そして少しだけ周りを見てごらん。
君のことをたくさんの人が心配しているよ」

そう言って病室からでて行った。


その後何時間か泣いた。
自分が恥ずかしかった。泣きながら窓の外を見ると雨上がりだったのか、空に虹が見えた。
まるでドラマみたいだと思わず笑っていた。

先生から言われた言葉を思い出す

無くしたのは左足だけ

心が少し軽くなっていった

逃げていたリハビリを始めた。
何度も辛くて逃げ出しそうになったけど頑張った。
義足で自然に歩けるようになった時、あの時の先生に会いに行った

歩く姿をみて、何よりのプレゼントだと喜んでくれた。

2年以上毎日リハビリで精一杯で将来の事までは考えられなかった、
ほんの気晴らしに福岡に来ただけだっただけどその夜、ロデムがやってきた。
ロデムの提案を聞いて、何故見ず知らずの子供の面倒をみたら自分が幸せになるのかわからなかった。
馬鹿げてると。
だけど、もしロデムの言う事が本当ならそれに賭けてみる価値があるような気がしてきた。
何故だか優しい気持ちになり胸が熱くなり、温かいものが身体中を流れていくような感覚になった。
それは生まれて初めて感じたものだった。
そして後からまりの夢の話を聞いた時、ああこれの事だったかと わかった。

私は誰かの幸せのために恵まれて生まれ その力を使う役目があるのだと。

この世に生まれてきたのには理由があったんだと思った。
生きる目標が出来た。

今はロデムに感謝しかない。まりに会わせてくれたこと。

あの日のタバコはカッコつけのために私に会う直前に火をつけたらしい。
インパクトがすごかったよと白状したら
大笑いしていた。

テレビ電話で凛と毎日会話する。
「まりおはよう」
「おはよう姫 今日夕食を一緒に食べようよ。専用ジェット機飛ばしてきて」  
「いいね、いくいく。待ってて」

ロデムが何者だったかは今でもわからない。
源かもしれないし違うかもしれない
何十年か先、私が死んだ時源に会ったら
「よく頑張ったな まり」
って 頭を撫でてもらいたいな。

誰かの幸せのために今日も精一杯がんばる。それが自分の幸せにもつながっている。

そんな人が沢山いたらいいね、源ちゃん。

#私小説
#福岡好き
#幸せの考え方
#忘れたくない人





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?