ジャッカロープを探して 3

           mosoyaro

 次の休日
私はすみれさんとの約束通り市内にある女子刑務所に来ていた。
面会の手続きを終え中に入るとそこはドラマでよく見る光景が目の前にあり、透明のアクリル板の向こうに仙さんは座って待っていた。
化粧っけのない無愛想な顔でこっちを見ている。
おかっぱ頭の白髪が目立つ。
相変わらず目だけギラギラ光っていた 
こっちを真っ直ぐに見ている。
私は簡素なパイプ椅子に腰掛け、急いで鞄の中から紙を取り出した。
緊張で手が震えているのがわかる。

「お久しぶりです仙さん。お元気そうですね」

お元気そうですねなんて刑務所の中にいる人にかける言葉ではないとわかっている。だけど何て声をかけるのが正解なのか全然わからない。とりあえず場当たり的な言葉しか私の口からは出てこない。
「元気じゃないよ、こんな所で元気なんて出ない。久しぶりね、私に面会したい人って誰だろと思っていたらサリーちゃんだった。
何か用?こんな所若い女の子が来る所じゃないよ」
「わかってます。私もできれば 失礼ですがこんな所には来たくありませんでした。でも頼まれたから」
「すみれねーちゃんからでしょ わかってる。そうじゃなきゃ来ないよね こんな所に、で何?」
「すみれさんと他のご兄弟からの伝言をお伝えしに来ました。今から読み上げます。聞いてください」
大きく息を吸い込んでゆっくりと言葉を吐き出す。
「仙へ
今回のあなたがしでかした事件で私達家族は深い悲しみと衝撃をうけました。
皆んなショックで、これから先どうすれば良いのかわからなくなり、それで兄弟で話し合いをしました。

その結果、あなたとは全員縁を切る事に決めました。

今まで私達兄弟は何回もあなたに借金を申し込まれ、泣きつかれたり嘘つかれたりしながらもその度に工面してきました。
だけどあなたからの返済は一度もなかった。そしてこの事件をやらかした。

今回私達は最後に弁護士の指示の元、あなたの借金を全部清算する事にしました。
だから今度こそ本当にもう2度と私達兄弟に会いに来ないで どんなに困っても自分で何とかしてください。

次に
あなたの夫及び息子もあなたが出所してもあなたとは関わりません。
離婚届けに速やかに判を押してください。
2人とも、あなたから守るために引っ越しさせるので絶対に探さないように。
忘れないで、あなたに家族はもういません。

最後に
周りからの目があるので、私達と身内であることは言わないように。恥ずかしいし、被害者家族からの報復を避けるためです。

縁を切る私達を恨んでも構いません。だけど被害者の方の冥福を祈る事を忘れないでください。
時間は十分にあると思うので、これまでの人生を振り返って反省して静かに暮らしてください。
              以上
最後まで読み終わってから仙さんを見た。無表情だ、何も言わない。

「伝わりましたか?ご兄弟の方々も悩んだ結果だと思います。恨まないでください。
それでは私は用が済んだので帰ります。どうかお元気で」

そう言って立ち上がったが私にはどうしても聞きたいことがあったのでもう一度椅子に座り直して聞いた。

「私から一つだけ質問させてください
今更なんですが、、、

何であの人を殺したんですか?

あの人なら仙さんが殺さなくてもいつか誰かに殺されていたと思うんです。
そんな人だったと思うから。
自分の事ばかりの人だった。
仙さんの人生が勿体無い。
周りにいる人達を巻き込んで傷つけて。
もっと良く考えればよかったのに」

つい本音が出てしまった。

そう、私は仙さんが殺した男を知っていた。そしていつか誰かに殺されてもおかしくないと思っていた。
実際本当に自分の知り合いがやるとは思っていなかったけど。

今から4年前
その頃の私は事務系の専門学校をでてエアコンの部品の卸をする会社で事務員として働いていた。
主にパソコン入力や伝票処理が仕事で地味な毎日だった。
私は友達より職場の先輩とよく遊んでいた。

それがすみれさん。
経理課のお局様で年齢は50歳、課長以上の肩書きの上司たちも彼女には一目置いていた。
どうやら社長の親戚にあたるらしい、だけどそんなそぶりは一切普段の仕事の中では見せない。
肩書きはなかった。そんなものは彼女には必要ない、とにかく仕事が丁寧で正確で早いので社長からの信頼は抜群に良かった。

他の女子社員はあまり彼女に近寄らなかったが、何故か私は入社当時から気に入られて可愛がられた。
私はすみれさんが大好きだった。

ある時、すみれさんは陶芸をやってみたいとしきりに言い出した。
なんでも自分の妹、仙さんが陶芸にハマっていて、器を幾つも作っているらしい。その話を聞いて自分もやりたくなったみたいだ。
私に一緒にやろうと言い出した。

すみれさんは5人兄弟の2番目。
兄弟の面倒をいつも仕事で忙しい母親の代わりに見ていた。
しっかり者で面倒見が良いのはそのせいだ。
子供の時は末っ子で、甘え上手な妹、仙さんと特に仲が良かったらしいが最近はお金の事で揉めていた。

すみれさんの実家はお父さんが事業をしていて子供の時は裕福だった。
お手伝いさんもいた。
お母さんは働き者でお父さんの事業を陰で支えていたけど、お父さんの女遊びと金使いが激しくいつも泣かされていた。
そんなお父さんの血を1番引いていたのが仙さん。
学生の頃から男性関係とお金使いが荒い問題児。
そんな仙さんも結婚して子供も産まれ落ち着いたと思っていたら、資産家だった夫の家業が潰れた。
おぼっちゃま育ちの夫は、就職先が見つからずお金に苦労するようになった。
一人息子は軽い知的障害があったので子育てにも苦労したらしい。
仙さんは一人息子を溺愛していた。

そんな妹を。すみれさんや他の兄弟も経済的に応援していたらしいが、ある時、実は彼氏を作って遊びに行ったり旅行に行ったりしていた事が兄弟にバレて、そこから支援を打ち切ったと聞いている。
その彼はバツイチの陶芸家。
テレビ局のカメラマンを定年して、福岡近郊の町で工房を開き、教室もしている。
その妹の彼氏の陶芸教室に行きたいとすみれさんは言った。
陶芸教室の先生だけど妹の不倫相手、
そんな男に会う?と思うけど、兄弟の中で1番のモテ女と元カメラマンの陶芸家に私は少し興味が湧いたので、一緒に行く事になった。

市内から車で1時間位の場所にあるその工房は和風平家の一軒家。
庭には沢山の花や木が植えられていてきちんと手入れされていた。

工房に入って行くと2人で仲良く土をこねている姿が見える。
私達は2人に近寄り挨拶をした。

「こんにちは今日はお世話になります。仙の姉の木下すみれです。
こっちは会社の後輩で松山紗里さんです」
「初めまして、松山紗里です。サリーって呼んでください。陶芸は初めてです。よろしくお願いします」
「魔法使いサリーちゃん、初めまして。姉から話はよく聞いてます。妹の仙です こちらが私の師匠の川島さん」
「川島です よろしく」

魔法使いサリー 久しぶりに言われた。親年代の人が見ていたアニメの主人公らしいが私は知らない。
本当に魔法使いだったら良かったと思いながら握手をした。

2人をジロジロと見た。
私の妄想が外れた。
全然美男美女じゃない。

仙さんは小柄で今日の服装は白いTシャツにデニム。全然手入れしてなさそうな肌、髪の毛は艶がなくパサついている。ノーメイク、目だけがギラギラしていてどこから見ても田舎のおばちゃん。
色気なんて微塵も感じられない。

川島さんは背が高く痩せ型、顔は猿顔で浅黒い。シワが深いおじさん。
白いTシャツにデニムで2人はペアルックだったが、想像していたラブストーリーとは全然結びつかない見た目にガッカリ。
気を取り直して陶芸に集中する事にした。
今日私は陶芸教室に来たのだから。

            つづく

#私小説
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#ジャッカロープ
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