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リリー   前編

          mosoyaro
私の名前は華百合子、百貨店に勤務する39歳。
地元福岡の老舗百貨店に勤務し出して5年、コロナも落ち着いて以前の活気が戻り売り上げが好調だ。毎日接客に追われている。
売り場を離れる昼休みの休憩所は気兼ねなくホッと息が抜ける場所だった。
いつものように長椅子に腰掛けお弁当を食べていた時
「お疲れ様、これ今日から始まった北海道展で買ってきた。一緒に食べよう」
涼子が声をかけてきた。チョコの箱を見せながら嬉しそうに笑ってる。
「もう行ってきたんだ、帰りに一緒にと思ってたけど。このチョコ私も大好き、初日だし行列できてたでしょ よく買えたね、エライエライ」
涼子は隣に座り箱を開けて2、3個一気に口へ放り込んだ。もぐもぐさせながら感想を口にする。
「美味しいね、やっぱり人気の理由がわかる」
「一度に入れすぎ、取らないからゆっくり食べようよ。コーヒー買ってくるから待ってて」
「うん、早くね」
いつも冷静で大人な涼子だけどこんな時はとても子供っぽい。そしてそんな所が同性の目から見ても可愛らしい。

私の担当の売り場はアロマ用品を取り扱っている。
時計売り場担当の涼子とは仕事での接点は無い。2年ほど前友人の結婚祝いに贈るアロマ用品を選びに来た時、色々相談にのったのがきっかけで仲良くなった。
休憩所や食堂で一緒に待ち合わせたり、仕事帰りに飲みに行ったりしてる、お互い39歳で独身、話が合った。
涼子はゆるいウェーブがかかった長い栗色の髪をアップにしていた。結び目にはいつもコンプレックスビズのヘヤピンをつけている。
色白美人をスワロスキー製のキラキラした光が一層引き立てる。
光り物が好きなだけあって、涼子の時計はダイヤモンドが文字盤の周りで光っていた。
男女問わずどんな人も彼女を好きになる。時計売り場は男性のお客様が多い。彼女のファンが大勢いて、実際何度も結婚を申し込まれた事があるらしい。
だけど彼女は話を聞いている限り独身主義者だ。恋愛には積極的だが結婚には後ろ向きだ。人には言えない事情があるのだろう、私はそこには立ち入らない。
普段の彼女は優しくて正義感が強く、弱い立場の人の味方。親切の押し売りなどしない、決して見た目で人を判断しない。えらぶったりもしない。顔は目が印象的で、切れ長だけど黒目が大きく可愛い。有名人に例えるなら今田美桜を少しシャープにした感じで似てると周りが噂している。
涼子いわく、「自分の方が先に生まれてるからあっちが真似してる」らしい。
見た目以上にその性格が見事だった。接客にその性格が現れている 何度も接客部門で最優秀社長賞をもらっていた。
ただ普段は休憩所の長椅子に座ってテレビを見たり、客からのクレームの話や同僚の事、お互いの売り場の話など女子同士の気楽な世間話で盛り上がる。私はそんな彼女との時間が大好きだ。

 お昼のニュースの後いつもの芸能のネタになった時、皆が一斉に画面の方を見つめた。
今1番話題の話が流れてきたからだ。
映画やドラマに出ては高視聴率を叩き出す俳優Yと女優Sの交際の報道が出てから、連日どこの番組でも取り上げて大騒ぎしている。
人々の関心が高く視聴率も高いので放送をやめないし、どんどんヒートアップしているように感じる。
何故ならその2人はお互い家庭があり、男の方は3人、女の方は2人子供がいてダブル不倫だったのだが、インタビューに答えた2人は堂々と 遊びじゃない真剣に付き合っていると言ってしまった。
お互いに家庭がある大人の真剣な交際。どれだけ周りを傷つけるか、子供はどうなるとか、色んな立場の人がコメントしだし盛り上がっている。
「やれやれ、今日も一日中この話題でもちきりね。芸能人なんだから色恋あるでしょ。家庭があっても男と女、ほっとけば良いのに。
そう言えば、何年か前に私の友達の知り合いにも似たような話があったって聞いた。お互い家庭があって不倫して泥沼になった人がいるって。一般人でもこんな話わりとあるでしょ」
「本当に友達の知り合いの人がダブル不倫したの?じゃあその人達結末はどうなったか知ってる?」
「どうしたの急に、興味あるの?私は結末までは知らないけど大変だったらしいよ。男の方が死んじゃって。てっきり相手の女に殺されたのかと思ったら病死だったらしくて、何だっけ、あ 心筋梗塞ってやつ。
友達は自業自得って言ってた。裏切り者に天罰くだったって。離婚はしてなかったから奥さんが喪主を務めて、病死だから保険金も満額支払われて。
まあ奥さんにとってみれば良かったんじゃないかな憎い夫が居なくなって。お金にも不自由はないし。だけど相手の女はどうなったんだろうね、女の方も離婚してなかったから。修羅場になったらしいよ、旦那さんが半狂乱になって殺されかけたみたい。周りにいた人達が止めて助かったらしいけど。その後、家にも戻れないし子供達にも会えない。何にもなかったように元の生活には戻れなかっただろうし。
まあ何にせよ独身で子供もいない私達には関係ない話。あっもう時間だから先に行くね」
「うん、チョコありがとう」

わりとどこにでもある話か

私にはリアルな本当に自分の身におきた話で、それが原因で大切な家族を失ってしまった話だった。

あれは5年前の夏の出来事。
「これ買って」
コンビニでアイスをせがむ6歳の娘に
「それは昨日食べたでしょ。今日はこれ買うだけだからって約束してたよね。今度パパが帰ってきた時に買ってもらお」
「いやだ今日も食べたい。パパはいつ帰るかわからないじゃん。パパは遠くにお仕事に行ってもう帰ってこないかもって昨日の夜お兄ちゃん達が話してた」
「そんな事言わないで、そば職人の修行に行ったけど、1ヶ月に一回は帰ってきてるでしょ。桃華パパの夢応援するんじゃなかったの?修行から帰ってくるまで我慢するって約束でしょ、ほらもう帰るよ、お兄ちゃん達迎えに行く時間だからお願い」
「いやーアイス食べたい」
泣いて叫ぶ娘を抱き抱えて店を出ようとした時、娘が欲しがっていたアイスを持った男が近づいてきた。
「ほら、これが欲しいんだろ、俺が買ってやったから泣きやめ」
その男は次男の優士が所属しているサッカーチームの監督、青山だった。
驚いた桃華は泣き止んで私の顔を見て「いいの?ママもらって」
「子供がアイス位でいちいち親の顔を見るな。いい、俺が良いんだから良い。ここに座って早く食べろ、溶けるぞ」そう言いながら桃華をコンビニの奥の席に座らせた。
「ありがとうございます」
「アイス位で礼はいらない。それより旦那は今どこにいるんだ?さっきそば職人がどうとか聞こえたけど、今そば職人の修行に行ってるのか。カフェはやめたって聞いてたけど。生活費は大丈夫なのか」
「まさか心配してくれるんですか。子供の前でお金の話はやめてください。はい大丈夫です、貯金と主人の実家の援助で細々だけどやれてます。私もパートで働いてるし」
成り行きでコンビニで話す内容ではない、気まずい時間が流れた。桃華がアイスを食べ終わる前に
「そろそろ練習終わる時間なんで先に失礼します。さ、行こう」
桃華の手を取り足早に店を出て車に乗り込んだ。シートベルトを絞めながら、1番嫌なやつに見られたと思った。

子供のサッカーの監督は青山鉄といい私と同じ高校の2年先輩で、夫の元勤務先の会社の上司でもあった。青山には高校生の時付き合ってほしいと告白された事があったが全然タイプではなかったので断った。昔の話だ。
サッカーの監督といえば聞こえが良いが地域の弱小チームでメンバーもギリギリ。監督はボランティアで土日に試合の時だけ監督をする。普段は会社員なので時間が空いたら練習を見る程度だ。
青山は学生時代ラグビー部でサッカーの経験者ではない。それなのに子供がミスをすると執拗に説教し、時には手をあげたりする。まだ低学年の子供にも容赦ない。見た目は身長170センチ位の筋肉質でガッチリ体型。角刈りで目つきが悪く近寄りがたい。決してかっこいい男の部類ではない。
高校生の時は見た目が苦手で断ったけど、性格もよくない、人間としてのモラルも無い、最低な男だ。
形だけでも監督がいないと試合に出場出来ないので、性格には問題があったが子供の為に保護者代表が青山に監督を頼んだ。青山は自分の長男がチームにいたので渋々引き受けたらしい。

夫が会社を辞める時、表向きには会社を辞めて起業するというのが理由だったが、本当は青山のパワハラが嫌で体調を壊し逃げ出したのだった。体育会系の上下関係を部下に強いるタイプで、仕事上で問題がおきると部下を大声で叱責したり無視したりした。
その事を会社に訴えても会社は庇うどころか隠蔽しようとした。それで辞めたのに。
電力会社の安定した職を捨ててまで関わりたくなかった相手。
それなのにまさか子供のサッカーチームの保護者同士でまた関わる事になるとは思いもよらなかった。夫はサッカーをやめろと子供には言えなかった。
夫、桜木准一は性格が優しくて繊細だった。2人兄弟の長男で大事に育てられ成績が良かった。小さい頃から他人と争うことなどない。本を読むのが好きで、おとなしかったからか女性との交際はなかったらしい。
大学のサークルで初めて会った時、私好みの整った顔、身長が高く手足が長くて青いポロシャツがよく似合っていた彼が気になった。初めて話した時、笑った顔に一目惚れして自分から交際を申し込んだ。
夫を育てた義父母も優しかった。学生の頃から付き合っていた私が就職してすぐに妊娠した時、仕事をやめて結婚した時、准一の両親は優しく受け入れてくれた。自分の親の方が仕事を辞める事に反対した。
准一の会社は地元の安定企業で年収も高かった。私が働かなくても十分に生活はできた。私は3人の親になり幸せだった。
だけど2年前夫が会社を辞めて生活は一変した。

准一の両親に金銭的に援助してもらわないといけないほど生活費が足りなくなった。
准一は会社では技術者だった。商売をした事も接客業のアルバイト経験もない。ちゃんとした独立計画があって会社を辞めたわけでもなかった。唯一コーヒーを淹れる事が好きだからと言う理由で、両親の援助で駅の近くに店舗を借りてカフェを始めた。最初は客足も順調だったが、大手のコーヒーチェーン店が近くに出来て経営が苦しくなり、元々内向的な性格の准一には経営が難しく感じたのか1年たらずで閉店してしまった。
その後職人なら口下手な自分でもやれると誰かにアドバイスされたらしく、そば職人になると言いだした。そして無給でいいからと頼み込んだ信州のお店に修行に行ってしまった。
それが半年前。
その間の生活費はそれぞれの親に援助してもらい、私もパートを始めた。1年位なら何とかやっていけると思っていたし、夫の考えを応援したかった。
だけどその生活は想像していたより厳しいものだった。
12歳と10歳の男の子と6歳の女の子を育てていくには自分のパートの金額では全然足りない。いくら准一の両親が資産家でも、無限にお金をせびるわけにはいかない。カフェの資金も出してもらっていたし、准一には弟がいてフリーターで実家暮らしだ。愛する息子の家族のためにとはいえいつもいつもお金をせびられたら嫌だと思う。だんだん疎遠になっていくのがわかる。出来る限りの節約にも限界がある。
それに准一が修行から帰ってきてからの開店資金の事などを考えると最近よく眠れない。

次の週末サッカーの試合で車を出した。車出しは毎回交代で保護者が担当する。
子供だけではなく監督も送迎しなければいけなかった。他の父兄がいるので自分は子供達の担当のはずだったのに、急遽変更になり青山が私の車に乗ってきた。子供達は大きなワンボックスに乗り込んでいたので、この車には2人だけ。気分は最悪だった。
青山の体臭は強烈で本人も自覚があるのか、体臭を緩和するつもりで普段からコロンをつけている。だけどそのコロンと体臭が混じってますます強烈な匂いを放っている事には気づいていない。
2メートルほど離れても存在が確認できるくらい臭かった。夏場で気温が高かったが窓を全開にした。
会話もなく車を走らせる。青山が口を開いた。
「こんな事言うのもなんだけど、お前達生活に困っているんじゃないのか。優士のシューズ、この前見てボロボロになっていたから、このまま試合に出ると危ない、怪我するから親に言って新しいのと変えろって言っていたのに今日の朝確認したら同じ靴だった。聞いてないだろ、やっぱり、子供にもわかってるんだ、買い換える金がないって事が。だから言い出せないんだ、そんな状態なのは俺にもわかる。この前コンビニで桃華にアイスも買ってあげられない所を見たからな。どうするつもりなんだ、大丈夫なのか」
その言葉を聞いてカッとなった。「黙って聞いてれば。今まで言わなかったけど誰のせいでこうなったと思ってるの、あんたが准一を夫を会社にいられなくしたんでしょ。あんたのせいで私達の生活はぐちゃぐちゃになった。本当なら裁判で争って慰謝料払えって言えばよかったけど准一がやらないって言ったから我慢したのに」
怒りで全身が震えてきた。
「落ち着け、落ち着いてくれ、前を見て運転してくれ。そうか俺の、、、、せいだよな」
無言で考え込んでいる。私は前を見て運転するのが精一杯だった。
試合会場に着いた時、
「俺のせいで桜木が会社を辞める事になって、お前達家族がピンチになった事はわかっている。処分こそされなかったけど、俺も上司から厳重注意されたからな。悪かったと思ってるし、償えるなら償いたいと思う。嫁の杏奈は桜木の幼馴染みだから桜木の味方だ、嫌味を言われた。俺は
桜木の要領の悪さに、つい言わなくてもいい言葉を吐いた。責任を感じている、本当の気持ちだ。何か俺に出来る事がないかこの2年ずっと考えていた。それで、、、、、、
数日前、良い考えが浮かんだんだ、俺からの提案を真面目に聞いてほしい。桜木はあと半年は修行から帰ってこないんだよな。それで、、、帰ってくるまでの半年間 俺と愛人契約を結ばないか、慰謝料と生活費を払う」
思わず自分の耳を疑った。聞き間違いだよね、慰謝料と生活費を払うけど愛人になれ?全身から汗が吹き出してきたのがわかる。怒りで言葉にならない中ようやく言葉を絞り出した。
「愛人?愛人になれって言ったの。私があんたの愛人に。呆れた、馬鹿にするにもほどがある、私を私達家族を何だと思ってるの、ほんと卑怯者、人の弱みにつけ込んで、恥ずかしく無い。あんたにも2人の子供がいるでしょ。なのによくもしゃーしゃーと」
鳥肌ものだ、話にならない。真面目に悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなる位呆れて、どうでもいい気持ちになる。
「いや、俺はいたって真面目だ。学生の頃からお前が好きだった。知ってるだろ。振られて諦めた。結婚もした。だけどお前は桜木と結婚して再び俺の前に現れた。お前を見てやっぱり俺はお前が好きな気持ちを思い出した。この気持ちに嘘はない」
馬鹿やろー黙って聞いてれば、、、好きな気持ちだと?笑かしてくれる。
「あーじゃあ三千万、三千万用意できるんなら半年間愛人にでもなんでもなってやっていいよ。着いたから早く降りろ」
「三千万、、、」
青山は金額に驚いたのか、車を降り黙ってグランドの方へ歩いて行った。
私は怒りに震えていた。何が愛人になれよ、馬鹿にして。許せない、そしてそんな提案をされた自分が惨めだった。
車の中で気持ちを落ち着かせるのに時間がかかった。
           つづく
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