ネオンが光る街の中で。3話

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マンション

「じゃあノルベサ前に17時。よろしくお願いします!」


メールを送る。

今日は美姫と2度目の同伴だった。初めて来店した時から、ポンポンとメールの交換をして、すぐに2度目の来店、はじめての同伴、と短期間で3回ほど使ってくれていた。


ありがたい。それでいて、実に上手いお金の使い方をしてくれていた。自分が席に付いていなくとも、先輩や後輩にもしっかりお酒をご馳走し、周りの評価も落とさないのに、とんでもない金額は絶対に使わない。素人には出来ないような立ち回りだと感心していたが、数回メールをして分かったことがあった。


以前は松丘実業の店でキャバ嬢をしていた事、キャバを卒業してからは松丘実業の経理をしている事、専務とは家族全員と仲が良く、奥さんが出かける時は必ずお供を仰せつかる事…。

随分若く見えたが、歳は25歳。自分よりも4つも歳上だとは思ってもみなかったので驚いたが、キャバ嬢をやっていて身なりはしっかり、お酒の金額も楽しみ方も心得ていて夜遊びに夢中になり過ぎない、メールのタイミングが絶妙…そういう部分を見てきたからか、妙に納得がいった。


食事先は美姫の希望で焼き肉になっていた。

『これから出勤なのに、ニンニク臭くなるけど大丈夫?(笑)』

メールでは心配してくれたが、自分も久しぶりに行きたい焼き肉屋さんがある。しばらく顔出してないし、あの店は落ち着く。



ホストになりたての頃、先輩に連れていかれたお店。店長さんは過去にホストだった経歴が有るらしく、色んな相談に乗ってもらった。自分と音楽のセンスも似ていて店内は耳が休まらない空間。仲間内では親父さん、と呼ばれ、皆の兄のように慕わせてもらっていた。


『初めてくる店だなー、お洒落。高いんじゃないの?』

「美味いけど、リーズナブルで。店長さんとも仲良くさせてもらってるし、久しぶりに使いたいなーって思ったんですよ」


最初に会った時はタメ口混じりだったのに、歳上で業界の先輩と分かると流石に敬語になる。


『いらっしゃい!おー、流輝くん久しぶりだね!』

店内に響く、低めのベース音が本当に心地よい。相変わらず、BGMはメタル系で統一されているようで安心した。


親父さんへの挨拶もそこそこに、席に通される。飲食業はこの不況で厳しそうだが、元気そうで何よりだった。

オーダー通してからも、ポンポンと小気味よく会話が続く。源氏名はどうして?なんでこんな業界に?昼職とかあるの?矢継ぎ早の質問を受けて、全てを正直には話さずとも理解してくれる人間なのがありがたい。


『ただのチャラ男じゃないし、何となく察してたけど、大変ねー。松丘さんもその辺には敏感だし、だからこそ声かけたんだと思うけどなー』

先に届いたカクテキをつまみながら会話は続く。わずか1ヶ月の間に、サラリーマンの月収よりも多いであろう金額を、自分が使わずとも売掛金として処理させているのは、何を隠そう松丘さんの口座だった。我ながら、とんでもない太客を掴んだと思う。


『あの人、只者じゃないよね!でも、優しくて頼りがいあるのよ、ちょっと強引だけどね(笑)』



ある程度の食事も済み、良い時間になってきた頃に美姫がお手洗いに立つ。彼女なりの気の使い所だろう。先に会計を済ませる。親父さんが微笑みながら言う。


『気持ちの良い子だね、お客さんだろ?しっかり周りが見えてるし、タイミングが完璧だ。惚れたら負けだぞ?』

目の付け所が流石、と言わざるを得ない。ただ、生憎こちらに恋愛感情は無い。

素敵な人だな、とは思う。ただ残念な事に、明確な目標がある以上は邪魔な感情でしかない。自分に言い聞かせる為にも、あえて強気の笑顔で返す。

「親父さん、俺ホストっすよ?出逢った頃と違って、結構やりますからね?」

親父さんは一言、そりゃ失礼、と笑ってくれた。また来たくなる笑顔だ。


『お待たせ、そろそろ行く?』

何事もなく戻ってきた美姫は、時間もしっかり把握している。

「じゃあ行きましょうか。」


ご馳走さまでした、と親父さんに笑顔で挨拶をする美姫と、また来てください!と笑顔で返す親父さん。接客業のプロ同士、って感じがするシーンだった。





大箱のホストクラブも、この日は空席が目立っていた。ナンバー入りが確実な諸先輩たちは気を吐いていたが、店内にホストの数が少ない。恐らく皆、寒空の下で客引きに勤しんでいる事だろう。

美姫はシャンパンをオーダーして、ゆっくりゆっくりと飲んでいる。比較的、ワイワイやるよりも静かに会話を楽しみながら、というタイプだ。自分も無理しなくていいので凄く助かる。


ホストクラブ入ったとき、コールとか嫌いだったんですよね、なんて会話をしつつ、壁側のテーブルに目をやる。

売れっ子ホストと新人たちがコールを歌いながらドンペリを飲んでいる。客はお水風の人、何となく品がない。


『流ちゃんは、コール似合わなそう(笑)』

屈託のない笑顔で言う。

『さっき、店入った経緯とか聞いたでしょ?多分、アレも嘘だろなー、って。何となく、流ちゃんは影のあるタイプだし、その若さで達観してる系だよね?』


…この人は本当にやりづらい。

適当に誤魔化しても、恐らく何も変わらないのだろう。美姫は笑顔で続けた。

『でもさ、水商売で全部曝け出すとかムリだもん。色んな傷とか痛みとか抱えながら、それでも悟られないようにしながらテーブル座ってなきゃでしょ?』


黙って聞くしか出来ない自分がいた。この人の言葉は、すんなりと胸に落ちる。


『私はお客さん。心の底から流ちゃんを好きな訳でもないし、お世話になってる松丘さんの頼み、って部分もある。だから私は何も聞かないし知らないフリをしてあげられる。』


ふーっと、息を吐く。テーブルについて、お客さんと対峙しているホストとしては失格なのだが、美姫の瞳と表情に魅入られていた。


『業界もカジってるし、色んな事分っちゃうと寄り添えちゃうから辛いなぁ…。数字立てなきゃ埋もれちゃうでしょ?コールをしたくないとか、自分のスタイルでやっていきたいなら、頑張らなきゃね!ホラ、シャンパン空けて次入れよ!コールさせちゃうぞ!』



何だか、最後はムリに笑いを作っていた気がする。

俺は頑張って、グイッとシャンパンを飲み干しながら、美姫も何か傷を抱えた人間なのかと察した。

それでも。

俺は借金を返す、という目的があってこの世界に飛び込んだ。だからこそ、情は捨てなければ…。


美姫の事は考えすぎてはいけない。ただの客。ちょっと過去に傷がある、この業界に精通した都合の良い客だ。それで良いじゃないか…。


「次、何入れようか?」

『同じお酒でも良いけど…そうだなぁ…。あ、お願いあるんだけど、ボトル入れたら聞いてくれる?』


悪戯っ子の目をした美姫。お酒は強い方だし、面倒な事は言わないハズだ。ここまで付き合ってくれている感謝もあるし、聞いてみることにしよう。


「何?教えてよ…」

『ヘネシー!ヘネシー入れてあげるよ、コレは自分のお金で。別伝立ててね?お願い聞いてよ?』


この店で、特別な予約がない時以外は一番高い酒の1つ、ヘネシー・リシャール。先日のルイよりも高い。100万以上のハズだ。


「いや、美姫さん?そんなの入れたら、どんなお願いなのか怖すぎるよ(笑)もう1本、クリコにしましょ?」


『クリコはもう良いでしょー?ヘネシーにしよ、焼き肉ご馳走になったし、私もお願いしたい事あるし!』


そこまで言わせるお願いとは何なのか分からないが、この賢い女性が何を要求しても、バランス考えた場合はヘネシーの勝ちのような気がした。無理難題を言うようなタイプでもないだろう。


「んー…。分かった。そこまで言ってくれるならヘネシー、いただきます!飲みながら…お願い教えてくれる?」




他のホストがざわついたのは言うまでもない。ナンバー入りを争うホスト達は、誕生日か何かあったか確認したほどだ。

それほどまでに、ヘネシー・リシャールは特別なお酒だし、何より一撃の値段が違いすぎる。一瞬にして今月のランキングが変動した事で、嫉妬と羨望の眼差しが店内を交錯する。


空気感の変わった店内ではあったが、他のホストには

「お客様の要望なので、静かに飲ませてくれ」

という旨を伝え、完全にヒールになった上で2人の時間を作った。


「美姫さん、お願いって…何?」

『ヘネシーって、こんな味なんだね(笑)知らなかった!初!』

ケラケラと笑いながら、ヘネシーを飲む美姫。どうやら、本題にはなかなか入ってくれないようだ。焦れそうな時間だったが、この売上げだ。大人しく付き合う事にしよう、そう覚悟した瞬間に美姫の小さな顔が俺の耳元に近付き、囁いた。



『今日、私のマンションまで送ってね?飲み直そ?』


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