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揃わない靴下と、卵入れ作業の話

夫婦という、他人同士が暮らす生活の場では、どちらかが何かを我慢していると、いつかそれが爆発する。
だから、私は
①爆発しないように、直接、言いたいことを言う
②爆発しないように、友達に愚痴を言う(またはネットに愚痴を書く)
③爆発しそうなネタをつぶす

の三つを心がけるよう努力している。

今回はその③ネタつぶしの話である。

たとえば、夫の靴下。
ご覧のように全部黒で統一されている。
本人的には「全部黒なら、片方に穴が開いても、組み合わせをローテーションしながら長く履ける」という狙いがあってのことらしい。

ところが、色が全部同じであっても、微妙に織りが違う。
織りが同じでも、使用期間によって、くたびれ具合が違う。
私は、自分が履く時には、『左右で違う織り方の靴下を履いたら気持ち悪い』と思うので、できるだけ、微差を見つけてそろえるようにしている。

けれども、これが、だんだんストレスになってきた。
何しろ全部黒なので、違いが見つけにくい。
自分の靴下は、そのストレスを無くすために、全部色違いにしているのに、なぜ夫の靴下だけ、わざわざ老眼鏡まで持ち出して、検分しなくてはならないのだろうか。

なので、ある日、靴下について交渉してみた。
「あなたの靴下も、私の靴下みたいに、全部違う色にしてくれない?」
「なんで?」
「微妙な違いを探しながら、ペアにして干すのが面倒だから」
「でも、紳士用靴下って、そんなにカラーバリエーションないぞ」
「じゃあ、私の靴下と同じところで買えばいいんじゃないかな。10組、全部色違いで届くよ」
「それだと、お前とおそろいの靴下を履くことになるけど」
「あ。それは嫌だ」

困った。
このままでは、微妙な織りの違いを、識別する作業を続けなくてはならない。

「じゃあさ、同じ種類の靴下に、カラーペンキで同じ色のマーキングしてもいい? 裏とか、見えないところに」
「嫌だ。そんなペンキで汚れた靴下で、座敷に上がることになったら恥ずかしい」
「汚れに見えないように、ステンシルで★とか、♡とか、かわいいマークにするから」
「絶対、嫌だ」

交渉は暗礁に乗り上げそうだった。
だが、私は思いついてしまったのだ。

「わかった。じゃあ、利き靴下をしよう」
「ききくつした?」
「うん。私が、靴下を渡すから、あなたはそれを目をつむって履く。組み合わせは、同じ織りの場合もあれば、違う場合もある。それで違和感をちゃんと感じられるのかどうかを調べる。もし、違う靴下でも違和感なく履けるなら、それはもう、どんな組み合わせでも問題ないってことだから、私は今後、組み合わせを気にせずに干すことにする」
「めんどくさいなあ」

言いながらも夫は、利き靴下を試してみてくれた。
疑うわけではないけれど、一応、アイマスクも付けてもらった。

「これは?」
「一緒」
「これは?」
「違う」

夫は一生懸命、足の感覚に意識を集中しているようである。
私は、全部、正しい組み合わせの靴下を渡していたので、夫は5割の確率で間違えた結果に終わった。
これは、私という人間の行動パターンから当てにきた夫の敗北である。

「どんな組み合わせでも、わからないってことがわかったね。これからは、私も織りとか、くたびれ具合とか、まったく気にせずめちゃくちゃな組み合わせでしまっておくので、嫌だったら、自分で何とかしてね」

私がすっきりした気持ちでこういうと、夫は
「それなら俺も、言わせてもらおう」
と、おもむろにこちらに向き直った。

「卵を買ってきたとき、いつもパックから冷蔵庫の卵棚に移し替えるのが、俺の作業になっているが、俺は、あれが気になっている。なぜ、お前は目の前に卵パックがあって、卵棚が空になっていても、移さないのか? 気づくと大抵、パックが破られ、卵が一個だけ減っていたりする。そんな使い方をするくらいなら、全部移してくれたらいいじゃないか」
「落として割っちゃいそうで、怖いんだよ」
「いい年した大人が、そんなわけあるか」
「あるんだから、仕方ないよね」
「俺は、トレぺの入れ替えとか、卵の入れ替えとか、細かいことを全部やってる気がする。俺の方が稼いでいるのに」

出た。
伝家の宝刀「俺の方が稼いでいるのに」だ。
しかし、ここでムカついても仕方ないので、代案を考える。

「あなたがいやなのは、卵を一つ一つ棚に入れいていく、あのちまちました作業なの?」
「そうだ。こっちは疲れているんだから、それくらいやってくれよ、といつも思う」
「わかった。じゃあ、やり方に口出ししないでくれるなら、今後、卵の棚入れ作業は私がやる」

それで、私はこの方法を採用した。
写真でわかるだろうか。
冷蔵庫の卵棚をひっくり返してフラットにし、パックの下半分をそのまま生かして、すっぽり入れることにしたのだ。

夫は、初めて見た時
「あんな怠惰なやり方って、あるか?」
と言ってきたが
「あなたは、私が楽をすることが許せないの? こんなどうでもいい作業に時間をとられたくないのは、私も一緒だし、つまんないことで争うのも嫌なんだよね。ケンカするくらいなら、本来の使い方とか気にせず、楽した方がいい」
と言ったら、黙り込んだ。
そして、その後、我が家ではこの方法が採用されている。

「この人は、つまらないことを長々と書いてるなあ」
と思われた方、ごめんなさい。

けれど、③爆発しそうなネタをつぶす ことは、①爆発しないように、直接、言いたいことを言う に、結果的につながるし、つまらないことからコミュニケーションが取れ、お互いが、何を嫌だと思うのかがわかる。
自分が面倒だと思う作業を押し付け合うのでなく、新しいやり方を考えて、面倒くささをつぶしていくほうが、理にかなっていると思う。

しかし……。
もう30年も夫婦をやっているのに、我らは、いまだにこんなところにいる。
牛歩だ。
阿吽の呼吸なんて、100まで生きても無理じゃないかなあ。

**連続投稿329日目**



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