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違いの正体 #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。8月のキーワードは「Tシャツ」と「台風」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。

ある日、新しいTシャツを着た息子が言った。
「なんだか、背中が、ぎじょぎじょする」

当時3歳の彼の語彙では、それ以外に言いようがなかったのだろう。
ぎじょぎじょ、というのがどんな感じなのか想像できなかったけれど、とにかく不快であるらしいことはわかる。
かゆいのかと、Tシャツの背をめくって虫刺され跡を探したり、掻いてやったりしてみたが、どうも違う。
そういうことではないらしい。

「どのへんがぎじょぎじょするの?」
と訊いてみると、ピンポイントで
「ここ」
と首の後ろを指す。
見た目に異常はないが、大好きなアニメを見ていても、おやつを食べていても気になるらしく、もぞもぞと背中を動かしている。

帰宅した夫に伝えると、
「そりゃ、タグが気になるんだろう」
と、さも当然というふうに言った。
「え? そんなの気になることあるの?!」
「え? お前、気にならないの?! 俺、買ったらすぐに取ってるよ」
「気にしたことないし、着てるうちに忘れるよ」
「なんで忘れられるんだ、あんな存在感のあるものを?」
私と夫は驚き合った。

言われた通りに、タグの縫い目をほどいてとってやると、息子の「ぎじょぎじょ」はおさまった。
本当だ、タグだった。
世の中には、あの小さなタグが背中に触れているだけで、こんなに気になる人がいたのか。

「感じ方は人それぞれ」というのは、心が感じるあれこれの話なのかと思っていたが、実は体の感じ方の話なのかもしれない、と思ったきっかけだった。
私にはまったく気にならなくても、息子や夫にとっては、背中に触れるタグの感触が我慢できないほど不快なのだろう。

もうひとつ、息子を育てる中で印象的だったのは、いわゆる「三角食べ」を頑なにしようとしないことだった。
おかずの味が、ご飯と混ざるのが気持ち悪いのだ、という。
ご飯はご飯の味だけ、おかずはおかずの味だけを、味わいたいのだそうだ。

私は、これにも驚いた。
特に「ご飯の味」というところに。
子どものころから「ご飯と生野菜は味がない。だから、ふりかけやドレッシングで味をつけて食べるのだ」と思って生きてきた。
なのに、ご飯の味とな?!

「ご飯って、味ないよね?」
夫に訊くと、異星人を見るような顔をしている。
「あんなに甘いのに、なんでわからないんだ?」
「えっ?! いやいや、逆にあなたには、なんでわかるのよ?!」
「これが普通だろ。お前の舌が雑なんだよ」
「……!」

我ら夫婦のもめごとは、元をたどると、こういった「感じ方」にあることが多かったように思う。

私たちは、お互いに自分の感じ方が当たり前で、みんなも自分と同じように感じているはずだ、と無意識に思い込んでいた。
だから、その違いが浮き彫りになると、どちらがおかしいのか気になり、きっちり決めたくなってしまう。
変なのは、どっちだ? と。
互いに、自分のこと以外はわからないから、自分の当たり前にしがみついて譲らない。
なので、どんどんエスカレートする。
工場の規格品じゃないんだから、人類全員、どこかしら違っていて当たり前なのに。

けれども、私は、息子と自分との違いについては、どちらかが変だという思考にならなかった。
かわいい息子が変なわけがないし、かといって、私がおかしいとも思えない。
ただ、感じ方が違うだけなんだ、刺激の受け取り方に差があるだけなんだ、と理解した。
違いの正体は感じ方なのだ。
これは、「夫の理解」にも応用できそうだ。

例えば。
夫は昔からとても空腹に弱く、お腹が空くと怒りだす。
私にはその怒りが理解できず「その程度のことが我慢できないなんて、なんて器の小さい人間なのだ」とつられて、イライラしていた。

我ながら、偏見に満ちている。
空腹を我慢することと、人間の度量に、相関関係があるはずがないのに。

しかし、ある時、これもおそらく、空腹という刺激に対する感じ方の違いなのだろうと考えてみた。
夫の中では、少しの空腹感でも、無視できないほど大きな刺激として脳に伝わっているから、我慢ができないのであろう。
タグと同じだ。
夫は、その刺激を気にせずにいられないのだ。
空腹感が私にとってそよ風ならば、おそらく夫の中では暴風が吹き荒れているにちがいない。
そう考えると、「つらいんだろうなあ、それじゃあ仕方ないね」と受け止めることができる。

なにしろ、本人にはどうにもできない台風が、頭の中で吹き荒れているのだ。
過ぎ去れば晴れるとわかっているものを、止めようとしても仕方がない。
違いの正体に気づき、いい意味で諦められるようになってから、ずいぶんと楽になった。

バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。
今回の走者は「はんだあゆみ」さんでした。
次回の走者は「小笠原ゆき」さん、更新日は8月25日(木)です。
お楽しみに!


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