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天狗党聖地巡礼・蠅帽子峠への道②

幕末の勤王の志士・天狗党。
京にいる徳川慶喜を頼りに水戸から中山道を進軍してきた彼らが、行く手を彦根藩に阻まれ、西へのルートを北へ変更し、越前経由に切り替えた。
その時に越えたのが、美濃・越前国境の蠅帽子峠(はえぼうしとうげ・標高987m)である。

山男の旧友に誘ってもらって、あこがれの聖地・蠅帽子峠に行けることになった私は、「要は200階建てのビルに上って降りてくればいいんでしょ」とお気楽に考えていたが、現実は全く甘くなかった。
(前回のお話はこちら)

ゆっくりひとりで

尾根を登り始めるまで、とにかく心配だったのは、峠までたどり着けなかったらどうしよう?ということだった。
わずか一時間、ほぼ登らず真横に移動していただけで、一人だけ峠を往復してきたようなズタボロなありさまなのだ。
体力と根性の無さは、自分が一番よく知っている。
一度諦めたら、私の性格上、二度とは来ないだろう。
わざわざ休みをつぶしてエスコートしてくださる山男たちに、途中であきらめて帰ると宣言するのは申し訳ない。
何としても今日中に登るしかない。
お気楽さは消えて、悲壮感が漂ってくる。

気負う私に、二人の山男は優しかった。
「僕たちは、別に登らなくてもいいんです。いつでも来れますから。ゆっくり歩けばいつかは着くので、のんびり行きましょう」
とニコニコと言う。
実際彼らには、600mなんて登山のうちに入らないらしく、
「いい散歩コースですね」
なんて話しているのが聞こえる。

ちょ、ちょっと待って。なんで話せるの?
この激坂で、私は心臓と肺が破れるかと思って、一言もしゃべれずにいるのに。
しかも、いい散歩コースって言った?
藪と倒木だらけで、さっき休んだ時、靴の中からヒルが出てきたというのに、これ、お散歩なの?!

2人は、前後に私を挟む形で、ゆっくりゆっくり、ハイハイを覚えたての赤ちゃんよりも遅いくらいのスピードで、荒れた山を登ってくれる。
が、それが、なんだかプレッシャーだ。

普段の生活でも、徹底的にマイペースで他人にあわせることができない私は、後ろに人がいると追い立てられる気がするし、前に人が見えていると、私を待ってくれているのかと申し訳なくなる。
そこで、先に行ってもらうことにした。

写真で伝わる気がしないけれど、蠅帽子峠までの道のりは、おおむねこんなところだ。
藪、倒木、ガレ場。時々、藪のない広いところに出るが、長くは続かない。
すぐさま二人は、木立と藪に隠れて姿が見えなくなった。

たぶん、彼らにも「素人を最後尾に置いて登るのはあぶない」という不安はあったと思う。
それでも、私のプレッシャーを感じ取ってくれたのか、ひとりで歩かせてくれた。
これくらいの山なら、何かあってもすぐ駆け付けられるだろうという判断もあってのことだと思うが、なかなか勇気のいることだと思う。
私のペースを尊重してもらえたおかげで、私は最後まで登りきることができた。
あそこで、あれこれと世話を焼かれていたら、絶対途中で「むきーっ!」となって帰ってきてしまっていたと思う。

ひとりで峠まで行ける気はしないけれど、人と一緒に歩くのは嫌なのだ。
ワガママですみません、でもありがとうございました。

とにかく食べる

今回、一番驚いたのは、山男二人が休憩のたびに、何か食べていたことだ。
おにぎり、食パン、おかし等々。

普段、朝昼兼用のブランチと夕飯の二回しか食べない私は、持ってきた食料はおにぎり二つだけだ。
そんなに食べたら、おなかいっぱいで動けなくなっちゃうんじゃないの?と思ったが、逆らしい。

山ではエネルギーが切れると、パタッと動けなくなってしまうので、食べられるときには食べなくてはいけない、とのことだった。
しかも、すぐにエネルギーに変わる炭水化物がお勧めなのだそうだ。
「足が上がらなくなってきたら、何か食べるといいよ」
と言われて、おなかがすいてなかったけれど、おにぎりを食べたら、本当に少し回復した感じがあった。
食べながら登るのは、理にかなっているのだ。

それを思うと、天狗党の人たちは大変だったろうなと思う。
糧食も大して持っていなかったはずだし、ふもとの村々はどこも寒村で、1000人もの軍隊を腹いっぱいにしてやれるほどの食料はなかったはずだ。
寒さで余計にエネルギーが奪われる冬に、ろくな食べ物もなく、この険しい山道を歩いて登ったのだ。
寒さと疲労と常に敵に追われるストレスと、そして、飢え。
よく敦賀までたどり着いたなあと、感嘆する。

そして、感嘆している私が今どこにいるかというと、やっとここ。
朝10時から登り始めて、4時間かけて、まだ3分の2といったところだろうか。
絶望的に遠い。
しかし、行くったら行くのである。

というわけで、登って降りてくるまで、しつこく続くのであった。

つづきはこちら。

**連続投稿144日目**


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