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食器拭き係再任

洗った食器を拭く係が私に戻ってきた。

少し前に私はこの係を一度クビになっている。
私が食器棚にしまった食器に、水滴がちょろっとついていたのだそうで、台所責任者である夫からクレームが飛んできたのだ。

夫は雑菌の繁殖にたいへん神経を使っている。
「水滴が一滴ついていたら、その中でどれだけの細菌が繁殖できると思っているのか? 万単位だぞ。」
などと熱く言う。

だが、仮に口に入れたら死ぬような細菌がその一滴の中で繁殖することがあるとしたら、部屋の中はとんでもない菌パラダイスになっているはずだ。
殺人菌に占拠されて、もうこの家は終わりではないか。
そうなったら、一滴の水滴くらいに気を使ったって仕方がないレベルだ。
逆説的に、今そのレベルじゃないんだから、そんなの気にしなくていいのではないか、と私は思う。
それに、台所のふきんだって常に滅菌されているわけじゃないんだから、拭くことで食器に菌を植え付けている可能性だってある。
どうしても気になるなら、乾燥までしてくれる食洗器を買えばいいと思う。

屁理屈をこねる私に、夫は「こいつには任せておけない」とその係を引き取っていった。
それが一番平和だ。
納得できるレベルが違うのだから、要求が高い方がやればいい。
代わりに私ができることはしよう。

あのまま「こいつには任せておけない」と思っていてくれたら楽なのになあと思っていたが、そうはいかなかった。
毎日の買い物と食事作りは、やはり相応に負担だったようである。
私は「拭き係」として再任用された。

それはいいのだが、問題は「この係は忘れられやすい」というところにある。
夫がぶつぶつ言いながら拭いていることが多い。

「台所の食器かごに、洗い終わった食器があるのに気づいたら、拭けばいいだけだろ」
と夫は言うのだが、私はまずその「気づく」ということができない。

そもそも、おやつの買い置きがあるわけでもないのに、主婦でもない人間が台所に行くことなんてそうそうないだろう。
比較的、台所での滞在時間が長いのは、自分のブランチを作る時くらいだが、その時は作業に集中しているので、食器係のことは頭から飛んでいる。
仕事がつまっているときは、食べている間も構成を考えていたりするので、心ここにあらず、食べ終わって食器を下げても目の前のかごに気づかない。

「こんなでかいものに、なぜ気付かないのか?」
と夫は言うのだが、その理由ならわかる。
興味の対象が違うからだ。

夫はいつも「目的」しか見ていない。
頭の中に長い「TO DOリスト」があって、それを消すように暮らしている。
私はいつも、きょろきょろ生きている。
だから、興味の対象がコロコロ変わり、大事なものが視野から外れ、マルチタスクが超苦手で、その代わり妙なものを見つけるのがうまい。

夫は私と同じように近所の山を歩いているのに、なぜ野良柑橘に気が付かないのか、なぜ食べられる野草に気が付かないのか?
それは、頭の中にある自作のリストしか見てないからだ。

私の目には、山のめぐみたちが「私をお食べ」と言いながら飛び込んでくる。
夫にそれが見えないとしても、それは、お互いの特性の違いによるものだ。

長々と説明して、これでまた係が引き取られるかなと思っていたら、テーブルの私の座る席に「拭きもの!」と書いた夫のメモが残されるようになった。
いずれ、これも目に入らなくなる自信がある。

**連続投稿791日目**

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