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敦賀だより17 イワシの渦

10月になった。

札幌に住んでいた頃、10月と言えばすでに秋真っ盛りであり、大学構内のイチョウ並木が色づき、ギンナンが落ち始める頃だった。拾ってきたギンナンを茶封筒に入れて、レンジでチンして食べるという技を先輩が伝授してくれたのは、初めて札幌で体験した秋のこと。私はそれまでギンナンを食べたことがなかった。

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神奈川の10月は暑くも寒くもない、最高の季節だった。金色に輝く稲穂の波の間をバイクで走り、里山に遊びに行く。この景観を国宝に指定してほしいと真剣に思うくらい里山の秋は美しかった。

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さて、敦賀の10月である。私は昨年の11月に越してきたので、初めて迎える10月だ。どんなものかしらと思っていたら、今年はなぜか夏が長い。今日も日中は半袖で汗ばむくらいの陽気だった。当然、海に出動した。日本は広い。それぞれにいいところがあるのだから、そのいいところを存分に楽しまなくてはもったいない。

しかし、いくら海にアクセスが良い土地だとはいえ、平日の昼間から海に遊びに来ている人は、もうほとんどいない。正確に言うと、水晶浜や気比の松原などメジャーなところには、まだ子どもを泳がせに来ている人たちもいるのだが、私が遊びに行く敦賀半島の先端に近い海はすでに人けがないことが多い。釣り人すらいない。

そんなところで、遊んでいると夏には見られなかった光景がたくさん見られる。たとえばこれ。

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初めて見た時は、誰かが砂浜で煮干しを作っているのかと思った。大量のイワシが浜に打ち上げられカサカサに干からびているのである。その時は、たまたま台風が過ぎた直後だったので、浅瀬に避難してきた群れが大きな波に打ち上げられてしまったのかと思っていた。

が、調べてみると割とよくあることらしい。イワシは水族館でも大水槽で、ものすごい群れを作ってぐるぐる泳いでいる様子が見られる。あの群れが一度に打ち上げらたなら、そりゃこれくらいにはなるだろうなと思った。

けれども、私はこのあたりの海でイワシの群れに遭遇したことがない。よく見るのはアジの群れ。敦賀新港で入れ食い状態、ウハウハの豆アジの群れなら、しょっちゅう見る。小さめの群れならイカやフグの群れも見た。しかし、イワシはいない。普段どこにいるのだろうか。そう思っていたら、今日、会えてしまった。

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砂浜からこの岩を目指して泳ぎだそうとしたところ、手前の海が何だか暗い。四畳半くらいのスペースが、そこだけ明らかに色が違う。砂の上に何か異物があるのだ。「藻が茂っているのかな?」最初はそう思った。

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ところが潜ってみると、驚いたことに、この四畳半のスペースを埋め尽くしていたのは、人差し指ほどの長さのイワシの大群だった。

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手を出せばつかめそうである。投網を投げたなら私でも間違いなく100匹は捕れるだろう。

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光量が足りず実際の美しさの百分の一も伝わってない気がするが、銀色に輝く姿は圧巻だった。体側のうろこは、光の加減によって色が変わって見える。青、紫、緑。様々に変化しながら縦横無尽に泳ぎ回り、どんな合図によってそうなるのか、群れは急に反転したり、二手に分かれたりした。

「この中に入ってみたらどうなるんだろう?」
好奇心に駆られた私は、そっと分け入ってみた。群れは面白いように左右に割れた。モーゼになった気分だ。そのうち、四畳半の真ん中にぽっかりと私を囲む空間ができた。群れはぐるぐると私の周りをまわっている。前後左右どちらを向いてもイワシの壁だ。壁がすごいスピードで同じ方向に回っているのである。
「うわ。これ、ずっと見てたら酔うかも…。」
うろこの美しさに見とれながらも、ぐるぐる回転する魚の壁に平衡感覚がおかしくなりそうになったころ、急に群れがさーーーっと引いていった。沖へ移動したのである。

そのままイワシは戻ってこなかった。どこが先頭なのか、誰が統率者なのか、よくわからないまま、イワシの群れはどこかの軍隊のように一糸乱れぬチームワークで去っていったのである。

あんな密度で魚が泳いでいるのは、規模が全然違うけれど、ゴンズイ玉くらいしか知らない。とにかく圧倒された経験だった。(ちなみに下のがゴンズイ玉。動き方が、もののけ姫に出てくる祟り神にそっくり!)

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海は楽しい。10月はもう泳げないかと思っていたのに、まだまだいけそうだ。嬉しい。

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