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これはある種の特技なのかもしれない

今日は、余裕があったので、「松山市内で松山城の次に高いところ」である、松山総合公園に行ってみた。
総合公園は、標高140mの小山を活かして作られた公園だ。
我が家から見ると、和のお城・松山城と、洋のお城・総合公園展望台が、左右に鎮座している。
どちらのお城も、山の上を平らに切り取って作られており、標高もそんなに変わらないので、二卵性の双子みたいに見える。

こちら、洋のお城・松山総合公園展望台

公園案内図によれば、園内には、子どもの遊び場2か所、ドッグラン1か所、展望台1か所、あとは各種のお花が楽しめるスポットが数か所あるらしい。

毎日、数時間を市内探検に費やして、私よりずいぶんと松山に詳しくなった夫によると、総合公園は2022年8月に、日本夜景遺産に認定された夜景スポットでもあるとのこと。
それなら、遅くまで駐車場も開いているだろうと、15時30分ごろ家を出て公園に向かったのであった。

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総合公園の東入り口は、松山市内の大動脈「松山環状線」に接している。
交差点に案内看板も出ていて、たいへんわかりやすい。
その、わかりやすい入り口から山を緩やかに巻いて登っていくと、50mほどの短いトンネルがあり、その先すぐ右手が駐車場だ。

バイクを止めて、ここからは徒歩で山頂の展望台を目指す。
距離は700mと案内板に書いてある。
急な傾斜を、階段を使ってサクサク登っていく短いルートもあるのだが、今日は曇りで松山も寒く、私はバイクに乗るために防寒防風を意識した、超絶こんもりした服装をしている。
そんなところを、この格好で登ったら、てっぺんに着くころには汗だくだ。
当然、傾斜の少ない巻道をえらび、のんびりてっぺんを目指すことにした。

山頂展望台は、近くで見るとますます西洋の城である。

塔のてっぺんまで登れば、360度視界が開けたらしいのだが、残念なことに私は、そこまで到達できなかった。
なぜかというと、公園入口は冬期間のみ17時に施錠され、車の通行禁止となるため、山頂展望台も、16時30分ごろには退館を促しているのだ。

この2つの塔をつなぐ回廊部分で、松山城の写真を撮っているときに、公園を管理するおじさんから、初めてその衝撃の事実を教えてもらった。

「ごめんねえ、もう暗くなるから、閉めるからねえ。歩いてきたの?バイクで?そう。どこに停めたの?ああ。じゃあ、間に合うかな。17時には、車が入れないようにゲートを閉めるから、それまでには出てくれる?あああっ、走らなくていいよ、マイペースで、出来るだけ急いでくれたらいいから。気を付けてね、転ばないようにね」

優しいおじさん。
ありがとうございますとお礼を言って塔を下り、来た道を戻ることにした。

さて、事件はここから始まる。

ご存じの方もいると思うが、私は超絶方向音痴である。
バイクで道路を走っていて、おなかが空いてどこかのお店に入ると、出てきたときには、もうどちらから来たのかわからない。
なので、どこに行くにもスマホのナビが欠かせない。
さすがに、歩いて近所を探検していて迷ったことはないが、それは徐々に版図を拡大させていったからであって、初めての場所では歩いても、当たり前に迷う。
足元を踏み固めて次へ向かえば迷わない、というだけのことだ。

しかし、この「引っ越してきてから、近所の散歩で迷ったことがない」という経験が私の判断を狂わせた。
私は徒歩なら迷わない、と思い込んでしまったのである。
しかも、ここは山道。
低い方へ進めば、自動的に下りられる。
こんなところで、間違うわけがない


公園の木々の間を縫うように作られた「似たような道」を、甘く見た私は、ナビを使わずにおりていき、最初の分岐を思いきり間違えた。
逆方向へ進んでしまったのである。

歩いても歩いても、全く駐車場につかない。
来るときには見えなかった「興居島と海」が正面に見えている。
「背中側に見えていたから、気づかなかったのかな」
と自信満々で間違え続ける私。
こんなでっかいものを、見落とすわけがないのに。

夕陽も山に沈んでいき、誰もいない道は心細い。
その時、うしろから声をかけられた。

「あれ?さっきの人?トンネル出てすぐの駐車場に止めたんじゃなかったっけ?これ下りていったら、山の反対側に出ちゃうよ」

城にいたおじさんだ!
城守だ。
城守が、原付で閉園前のチェックをしていらっしゃったのだ。
間違いを指摘され、ではどこまで戻ればいいのかと思ったら、山道を戻らずに、バイクを停めたところまで行ける近道を案内してくださった。

「この目の前の広場を突っ切って、管理棟の建物の中のエレベーターで一階まで行くと、広い駐車場に出るから、そこを抜けて右。少し坂を登るけど、気にしないで、とにかく道なりに進んでいけば、着くから」

エレベーター??
そんな文明の利器がどこに?
よくわからないまま、広場を横切って進む。

エレベーターはあった。
図中の黄色い丸がそれ(管理棟エレベーター)である。

このあたりから、自分の方向感覚に対する不信を取り戻した私は、Google先生に道案内を頼んでいる。
そのGoogleMapのナビには、エレベーターを降りたとき、目的地まで徒歩10分という表示が出ていたのを覚えている。
なんてこった。
10分あれば、城から駐車場まで降りられたはずだったのに。
この時点ですでに17時。
閉門必至である。
泣きそうになりながら、誰もいない暗くなりかけの道を、必死で歩く。

 ♪ 閉門必至だ、歩けよ必至で

……韻を踏んでいる場合ではない。

城守のおじさんは、私の方向音痴を見抜いたのか、私のルート上に先回りして現れた。

「バイクって、あずき色のスクーター?1台だけ残っていたのが見えたよ。下の門を閉じる人には、連絡しておくから、慌てなくていいからね」

どこまでも優しい。
しかし、この直後、私はおじさんのやさしさを裏切ることになる。
バイクを駐車場の外に出した時、安心したのか、猛烈な尿意が沸き上がってきてしまったのだ。
少しだけ来た道を戻って、トイレの前にバイクを停め、個室に駆け込む私。

思えば、城守のおじさんは、あの後も駐車場を見に来てくれていたのだろう。
私のバイクがなくなっていることを確認し、門を閉めてもいいよ、と門番のおじさんに連絡をしてくれたのだろう。

おそらくそのような理由で、私がゲートまで到着した時には、思い切り門が閉まっていたのであった。
がっしゃーん。

ここから先は、大人としてはあまり書きたくないが、同じ目に遭う人もいるかもしれないので、残しておく。

閉じた門を見て、まず思ったのは「今夜はここで夜明かしか」だった。
自分の情けなさに涙がこぼれる。
あそこでトイレに行かなければ、間に合ったのに。
漏らしてでも、先に門を出るんだった。

だがよく考えれば、家までそんなに遠くない。
邪魔にならないところにバイクを停めて、歩いて帰ればいいだけだ。
たぶん、2時間あれば着くだろう。
なんだ、そうか。
じゃあ、このフェンスを乗り越えればいいんだ。
簡単なことじゃん。

そこで、早速、フェンスを乗り越えていると、またもやうしろから声がかかった。

「そこで、何をしている?!」

鍵を閉めて帰ろうとしていた門番のおじさんが、バイクで坂を下りてくる私を見て不審に思い、一部始終を離れたところから見ていたらしい。
今度は、やさしさのかけらもない、刑事ドラマのようなドスのきいた声だった。

私は、さっきまで泣いていた鼻声で、山で道に迷って駐車場にたどり着くのが遅くなって、閉門に間に合わなかったことを一生懸命話した。
おじさんは、
「もう、いいから。わかったから」
とみかんをひとつくれた。
そして、何やら機械を操作すると、重たい門がゆっくりゆっくり自動で開いた。
深々と頭を下げて、門を通過する私に、門番のおじさんの声が聞こえた。

「こんなところで迷う人って、いるんだなあ」

……いるんだよ。

**連続投稿707日目**


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