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子リスちゃんの元カレ

高校の卒業式から10日後、彼に呼び出されまして。
ようやく受験が終わって、久しぶりのデートだわって、可愛くして出かけたらフラれたの。

理由?
バッカみたいだよ?
簡単に言うと、私が志望校に受かって彼が落ちたから。

暗い顔して
「これから一年、浪人しながら頑張らなくちゃいけない。恋愛してる余裕ないから」
とか言っちゃってたけど、あれは、つまんないプライドの問題よね。
「こんなはずじゃなかった」って顔に書いてあったもん。

私は、彼を志望校で好きになったわけじゃないんだから、落ちようがなんだろうが、俺は俺だって顔してて欲しかった。
ほんとに好きだったんだから。

仕方ないけどね。
私たち、まだ子供だし。
つまんないプライドだってわかってて、尊重してあげられない私も私だし、ね。
大人になったら、もっと上手くやれるようになってる予定。

で、まあ。
入学式はもうすぐだし。
失恋もしたし。
髪でも切ろうかと、安直に思っちゃったのね。
駅前で割引券を配ってた新しいヘアサロンに行ってみたら、いたのよ、そこに、運命の人が。

サロンの店長がね。
それはそれは渋くて大人で素敵な人で、やっぱ、男は30過ぎてからだわ、って思った。
なんつーのかな、
体毛濃くない感じの人が、まだらにしか生えないうすーいヒゲを、頑張って丁寧にケアしながら伸ばしました、って感じの、清潔感しかないヒゲのお兄さんでね。
こう、ヒゲのウエンツみたいな?
いや、ヒゲの岡田将生が近い?
とにかく、少年みたいにツルンツルンの肌に、頑張りヒゲっていう、アンバランスなところに一撃でやられちゃった。
なんか、かわいいの!

私、それまで肩甲骨まで届くセミロングだったんだけど、一気にベリーショートにしたよね。
だって、ショートの方がまめに手入れがいるんでしょ?
月2くらいで通えちゃうじゃない。
店長と、できるだけ長くお話ししたくて、カラーもしてもらっちゃったし。

器用な男の人って、最高。
魔法使いみたいに可愛くしてくれて、失恋なんて吹っ飛んだ。
(でもさすがに、お高いの。バイト探さなきゃ)

店長は、私の好き好きオーラにすぐ気がついたみたいだった。
お客さんとして、すごく丁寧に接してくれたと思う。
でも、なんかやっぱ、距離は感じる。
私、18だし。
聞いたら、店長、ちょうど倍だったし。
結婚してなかったのは救いだけど、すぐには付き合えないなー、これ、長い戦いになるな、って思った。

店長のサロンは、インテリアにグリーンが多くて、私それまで葉っぱなんてかけらも興味なかったけど、ホムセン行って、観葉植物コーナーにはりつきで覚えたよね。
クワズイモとか、サンスベリアとか、グリーンネックレスとか。
お店にあったのは、すぐ覚えた。
会話のネタになるかと思ったの。

でも、店長、全然興味なかったのよ、植物に。
なんかさ、鏡の前に、松ぼっくりが挟まった可愛い木のインテリアがあって、その上にグリーンネックレスが垂れ下がってたのがいい感じだったから
「グリネ、可愛いですよね」
って、通ぶって話しかけたんだけどさ。
「ん?グリネ?若い子の好きなアーティストとかよく知らないんだよね。何歌ってる人?」
って。

撃沈。
興味なかったかー。
そうかー、って。
空回ったなー、ホムセンまで行ったのに。

36歳のヒゲのお兄さんは、何が好きかな?
何話せばいいんだろ、お酒もタバコも、まだ未解禁だし、私にあるのは若さだけなんだけどな。

………

新しくオープンしたオレの店に、元気な18歳の女の子が通ってくるようになった。
小動物みたいで、目とかくりくりしてて、めっちゃ可愛い。

好意持たれてるのはわかる。
でも、ひとまわり以上違うんだよなーって、腰が引けてるのも事実。
話題も全然、かすりもしないし。
漫画読まない子供がこの日本にいるなんて、思いもしなかった。
オレ、ワンピース全巻揃えてるのに、あの子、ルフィ知らないって。
マジか?と思ったね。
それでも、可愛いんだけど。

でさ。
その子が店に通ってくるようになってからさ、昔の米津玄師みたいに、前髪で顔半分隠した男の子が、こっそり店を覗くようになったんだよね。
隠れてるつもりなんだろうけど、こっちは鏡で丸見えなわけ。
ははーん、と思ったね。

くりくりの子リスちゃんは、失恋したてだって言ってたけど、たぶんあれ、元カレだよな、って。
未練たらたらじゃん?
ヘアサロンまで追いかけてきてるんじゃん?

ストーカーになっちゃってたらまずいから、気にして見るようにしてるんだけど、どうもそういうヤバそうな感じじゃないんだよね。

ある日、開店前に店の掃除してたら、その米津もどきくんがやってきた。
なんかすごい思い詰めた顔で、ドア開けて大股でのしのし俺の方に歩いてくる。
ちょっと怖いじゃん。
「あのー。まだオープン前なんですけど?」
って言ったら
「知ってます!今日はお話があってきました!」
って拳をプルプルさせながら言うわけよ。
「お嬢さんを僕にください」じゃあるまいし、そこまで緊張することないのに、ガッチガチで、見てたらなんか、面白くなっちゃって。
これ絶対、あの、子リスちゃんの話じゃん。

「なんでしょう?」
って言ったら、急にモジモジし始めて
「あの、これ、なんですか?」
って、鏡の前に置いてるものを、指差して聞くの。
本題を切り出せないんだよねー、わかるわー。
「あー、それはジェルですね。毛先を遊ばせるものです」
真面目に答える俺も大概、意地悪だけど
「これなんですか?」
「それはグリーンネックレスです。観葉植物です」
「これはなんですか?」
「それは、もこん炉です。焚き火台です」
ってくだりを3往復したよね。
そしたらようやく意を決したように、話し出した。

米津もどきくんは、やっぱり子リスちゃんの元カレで、でも、本人としては「元」じゃなくて、大学に入るまで、ちょっと待っててねのつもりだったらしい。
別れたつもりは全然なかったんだと。
なのに、子リスちゃんは「失恋した」とか言って、髪も切って、新しい恋に燃えてると、友達から聞いたんだそうな。(俺か?俺のことか?笑)

で。
「あなたが本気で、彼女を幸せにする気があるのか、聞きにきました」
って。
オレ、笑っちゃった。
だってねえ。
「そんなこと聞いてどうするの?」
じゃない?(いけね、声に出てた)
「キミはそれ聞いて、諦めたり応援したり、気持ちを切り替えられるの?」
「……」
「無理なら、聞いても意味なくない?まずは、誤解を解いて、キミの気持ちを伝えるとこからでしょ?」
米津もどきくん、はっと顔をあげて、初めて目があったよ。
めっちゃ真っ直ぐな。
俺にもこんな頃あったっけ、っていうような。
そんな目。

「あっ!ありがとうございましたっ!」
慌てて出て行ったけど、子リスちゃんにちゃんと言えたかな。

たぶん。

あれから一か月、髪を切りにきてないから、上手く行ったと思うんだけどね。

いや、でも可愛かった。
惜しいことしたかもしれん。
ま、今度来たらその時は、もらっちゃうかもね。

【もこん炉のいる暮らし】
✳︎友人のもこんが作っている「もこん炉」が登場するお話を書かせていただいています。
興味を持ってくださった方は、ぜひ、リンクからショップを訪れてみてください。

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