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家探し雑記④

昨日、海から戻る電車の中で、夫が言った。
「本当にあの家でいいんだろうか?」
島を探検しながら、ずっと考えていたらしい。

いいも悪いも、夫の希望する歯医者に近く、その他の条件にも一致したために選んだ物件である。
あとはもう、住んでみないとわかんないよね、と私は思っている。

「何が気になってるの?」
と訊くと、
「街に出たり、歯医者に通ったり、買い物に行ったりするのに、使うことになるであろう幹線道路に、歩道がなく交通量が多いことが心配だ」
という。
夫は、どこに行くにも自転車なので、道路に歩道が設けられているかどうかは、とても気になるらしい。
一方の私は、バイク乗りなので、車道が細かろうが、未舗装路だろうが、あまり気にしたことがない。
見ている景色が、夫とは全然違うのだろう。
申し訳ないが、夫の不安に共感はできない。

けれども自慢じゃないが、私は環境適応力だけは高いので、どこに住むことになっても、それなりにやっていける自信はある。
そんなに不安なら、別の物件に変更したって、全然構わない。

「俺、今からホテルの自転車を借りて、もう一回、あの家の周り見てくるわ」
夫はそう言って、夕飯の買い物を兼ねた探検に出掛けて行った。

待っている間の私の仕事は、予算を5000円アップした場合、もっと良い物件が見つかるかどうかの調査である。
とはいえ、「夫が通いたい歯医者と、海の近く」というエリア条件が絞られる以上、物件数にたいして変化はないだろうことも予想がつく。
実際、検索結果は、一件増えただけだった。

となると、エリアを広げて、1から検討し直し?
松山にもう一泊?

それはそれで楽しそうだけれど、いい加減、疲れてもいる。
夫と行動を共にすると、普段歩かない私が、一日一万歩を軽く超える距離を歩かされ、炎天下レンタサイクルに2時間近く乗せられ、それはそれはハードモードな旅になるのだ。

めんどくさい。

ひとことで言うと、これに尽きる。
できれば、あの家で決めちゃいたい。

こういう時、私の取る作戦は1つである。
「あなたの意思を尊重します。私のことは気にせず、あなたの希望を最優先してください」
という態度に徹するのだ。

うちの夫は、上からものを言われたり、高圧的な態度を取られると、めちゃくちゃ反発する癖に、「あなたを尊重します」という姿勢を見せると、逆に懐柔しやすくなるのである。
実際、私はどこでもいいと思っているので、嘘はついてないし。
普段より、リアクション多めに「アンタが大将!」という顔をしていると、夫は自分の意見を引っ込めることが多い。

帰ってきた夫は、
「やっぱりあそこはダメだ。危険すぎる」
と言った。
そうか、やっぱり現地を見て、自分の考えが強化されたか。

「そっか。じゃあ、別の物件を見せてもらおうか」
「お前はそれでいいのか? 海が近くて気に入ってたんじゃないのか?」
「まあ、私はバイク移動だしねえ。どこでも、時間がかかるだけで、海にはいけるよ」
「いや、お前が海に行くのに、あの道は危険だと俺は思うんだが、どう思う?」
「この私が二輪車に乗ってる以上、どこでもいつ死んでもおかしくない程度に危険だと思ってるから、そんなに道のことは気にしてない。どっちかというと、路面電車の走る街中の方が怖いから、希望としては、街から離れてる方が嬉しいかな」
「………」
夫は、揺らぎ出した。
自分が完璧を求めるあまり、こだわりすぎているのだろうか?と自問自答しているのだろう。
もうひと押し。

「歯医者さんが遠くなるとさ、通わなくなりそうって自分で言ってたじゃん。そしたら、やっぱり最優先は、あなたの歯医者さんでしょ? 歯周病で歯がなくなったら、美味しいものも食べられなくなるし、歯周病って、歯だけじゃなくて、全身に影響があるっていうじゃん」
「……そうだな」
「健康で長生きするために、どこを選ぶかだよね」
夫は長考し、ついに言った。
「よし、あそこに決めよう。俺、明日の朝、もう一回自転車で近所を走って、安全な裏道が無いかどうか、探してくる」

こうして、松山の家が決まったのだった。

とはいえ、これから審査があるので、まだ「正式に」は決まったとは言えないらしい。
あとは、帰宅して荷物を分別し減らし、引っ越し業者を選び、大量の粗大ゴミをなんとかし、荷物を詰めるだけだ。

………うんざり。

**連続投稿577日目**

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