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私が変わったのか、彼が変わってしまったのか

半年以上、夫の作る夕飯を食べている。

食事は1日2回。
朝昼兼用の一食目は自分で作っている。
ということは、だいたい体の半分が夫の作ったものでできている計算になる。

外食もあまりしない。
松山にきた当初は、珍しさもあって地元のB級グルメを食べに行ったりしてみたが、数回でブームが去った。
日本国内ならどこでなにを食べても、そんなに大きく変わることはないな、と気づいてしまい興味がしゅるしゅるとしぼんだのだ。

甘いものが食べたい時も、買わずに自作する。
ゼラチンさえあれば、ゼリーもムースも作れるので、普段はそんなに困らない。

ところが、先日来、なぜかドーナツが食べたくて仕方がない。
なにをしていても、ミスドのオールドファッションが頭に浮かぶ。
自作できなくはないだろうが、ゼリーに比べると相当めんどくさい。
近所にミスタードーナツの店舗があるので、買いに行くことにした。

私のイチオシはオールドファッション。
小学生の時、初めて食べて以来、彼の虜だ。
生地の端がクッキーのようにサクサクしていて、ひとつでお腹が満ちる重厚感がある。
飾り気のない、まさにオールドファッションな外見は、まるで誠実で包容力のある彼氏のよう。
王道で飽きないドーナツだと思う。

とはいえ、子どももいないのにおばちゃん一人でドーナツ屋に行くのは、やや憚られる。
なのでしばらく、彼のことは忘れて暮らしていた。
どこが虜やねん。
不実な私がミスドに行ったのは、おそらく10年ぶりくらいのことだと思う。
「久しぶりだわ。彼は元気かしら?」と再会を楽しみに出かけたものと思いねえ。

ブランチ代わりに、オールドファッションを2つテイクアウト。
2つもあれば、胃は満足できるはずだ。
ウキウキ家に持ち帰り、早速かじりついた。

「ん?……あれ?……こんな感じだったっけ?」
圧倒的違和感。
小麦の塊を食べている時の、幸せなあの歯応えや、グルテン特有の重さがなくなっている。
軽くてふわっと食べられる。
しっかり噛まなくても、ほろほろ崩れて、口の中で溶けていく。
見た目は昔のあの人なのに、誠実さはどこへ行ってしまったのか。
彼はこんな軽い男ではなかったのに。

いや、待って待って。
私の方だって、舌痛症で味覚が鈍感になっているのかもしれないし、半年間の夫の「ヘルシーご飯」のおかげで、そもそも甘いものを受け付けない体に変わってしまったのかもしれない。
そのせいで、彼の良さを感じ取れないだけなのかもしれないじゃないか。

そうよ、彼だけのせいにしてはダメ。
きっとお互いに少しだけ成長したってことなんだわ。

そう納得しようとしていたのに、やっぱり変わってしまったのは、彼の方だったことが判明した。

ウクライナからの小麦か届かず、原材料費が高騰しているのかもしれないし、変わった理由はきっと何かあるのだろう。

でも、私の好きだったあの人は、もう記憶の中にしかいない。
いつか、戦争が終わったら、あの人は戻ってくるのだろうか。
それは誰にもわからない。

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