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考えたいときも、考えたくない時も、釣り糸を垂らせばご機嫌でいられる

夜釣りから帰ってきた。今、3:30。

いつも釣り道具を買う三水釣具店は、4:00からの営業なので、勝手に師匠だと思っている店主のおじさまは起きて開店準備をされている頃だろう。

まったく眠くないので、釣りのことを少し書いておこうと思う。

今日は釣りを始めて以来、初めてボウズだった。餌釣りなので、魚がいればアタリがあったり、餌をかじられた跡があったりするものなのだけれど、それすらなかった。すがすがしいほど、何もなかった。

純粋にスポーツとして釣りが好きな人は、たぶん釣れないと悔しかったり、釣れるまで粘ったりするのだろうけれど、私は魚が釣れるかどうかは割とどうでもいい。もちろん釣れればうれしいし、食べておいしい魚は釣って帰れば家人も喜ぶのでできれば釣りたいが、一人で行く釣りは海を愛でに行っている感覚だ。

日本海に面した敦賀は、海がとてもきれいだ。昔から住んでいるおじさまたちは、「前はこんなもんじゃなかった、もっともっときれいだった」とおっしゃるのだが、これ以上きれいな海なんて想像もできない。

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昨夜は「朝早く起きて釣りにいこう」と21:00に寝た。そうしたら1:00に目が覚めてしまった。釣りアプリを確認すると、満潮が2:00少し前、しかも今日は大潮だ。釣れないはずがないと思って、予定を早めて出かけることにした。

11月の夜は、冷える。バイクでいつもの河口まで向かう。防風用に合羽を着て首元にはマフラーまで巻いていても、容赦なく風が侵入してくる。寒くてつい猫背になる。それでも、海に向かう時は、お腹の底がじわりと温かく感じる。海に行けるだけで嬉しいのだ。

こんな深夜に、田舎町の県道を走っている車なんていないだろうと思うのだが、敦賀半島へ向かう車が時々私を追い越していく。釣り人の考えることは皆同じなのだ。滋賀や岐阜ナンバーも多い。明日は土曜だから、仕事が終わった後に少し仮眠を取ってやってきたのだろう。釣れるといいな、と思う。楽しい思い出を持ち帰って、敦賀を好きになってくれたらいい。

河口につくと、街灯の下で仕掛けを作る。コアな釣り人はちゃんとヘッドライトを持参しているのでどこでも問題なく戦闘開始できるのだが、私はそこまでする気もないので、ここで十分だ。

空にはオリオンが三つ星までくっきり見える。街灯のすぐそばにいても、こうなのだ。町から離れた暗がりに行けば、どれだけの星が見えるのだろう。

今日は風も波もなく、川面も穏やかだ。何組かの先客が竿を振る「ヒュンッ」という音が聞こえる。水面で赤く光る点は、電気ウキだ。アタリがあれば水の中に引き込まれてすぐにわかるが、今日はピクリとも動いていない。ここ数日、急に渋くなったなと思う。こんな穏やかな夜に、何もかからない。

夜釣りを始めてから、川霧をよく見る。風のないに時にしか見られないのだが、水面の10センチくらい上をうっすらと白い靄が流れている。白い絵の具を水に垂らすと、ふわっと白がほどけて溶けていくが、あれによく似た薄絹のようなものが、川の上を水と一緒に流れていくのだ。それを眺めながら、名前だけ知っていて見たことのないものは、まだまだたくさんあるのだなあと思う。

餌をつけて竿を振る。ぽちゃんと音がするが、どこに着水したのかは真っ暗でわからない。リールを巻いて、ラインを引っ張る。意識を集中すると、おもりが水底を引きずられる様子が手に伝わってくる。あ、今、石を乗り越えた。ここは砂地だ。しまった、何かに引っかかった、藻かな。そうして、見えない水の底を自分なりに想像して、このエリアの海図を作るのだ。

頭を空っぽにしたいとき、釣りほど便利なものはない。一切の悩み事を遮断して、竿先の感覚だけに集中できる。人は外界を視覚と聴覚で認識することが多い生き物だが、釣りをしている時だけは触覚頼みだ。普段、探索につかわない感覚を駆使しているうちに、鍛えられて鋭敏になっていくのがわかる。そこも面白い。

何か考え事をしたいとき、やはり釣りほど便利なものはない。天気の良い昼間に、ぼーっと海を眺め、波の音を聞きながら釣り糸を垂れていると、自然と不要な思考が沈殿していき、考えるべきことだけがくっきり浮かび上がる。ノイズが入らないので、思考があちこちに飛んでいかない。時々魚がかかって、中断されるのもいい。同じことばかり考えていると、脳だって飽きるし疲れる。思いもよらないタイミングで刺激が入ることで、リフレッシュできる。

私はもともと単独行動が好きなたちだが、敦賀に来て海と遊ぶようになってからますますそうなった。泳ぐのも潜るのも釣りをするのも、一人がいい。海は大きすぎて、どうしたって対等ではいられない。包まれているのに一人だし、一人だけど包まれている。この安心と孤独を同時に味わえるのが自然と付き合う醍醐味なんじゃないだろうか。一人で海と付き合っていると、たいていの人は穏やかでご機嫌でいられるのではないかと思う。

さて、今5:30だ。そろそろ朝まづめが始まるかな。もう一回釣りに行ってみようと思う。

夜が明けた。やはりボウズだ。
今日は魚がいないと見た。さ、帰ってもう一眠り。

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