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おばあちゃんと僕

おばあちゃんが亡くなって、家を片付けに行くことになった。
おばあちゃんは、山奥で一人で暮らしていた。
マジもんの「ポツンと一軒家」だ。
たくさんいる孫の中で、僕とは気があって、長い休みはよく泊まりに行った。

おばあちゃんのいいところは、ほっといてくれるところだ。
僕が落ち込んでいても、気にならないのか、気にしてないフリをしてくれていたのか、いつも態度が変わらない。
こちらから話すまで、根掘り葉掘り聞き出そうとしない。
淡々と、飯を作って食わせてくれる。

おばあちゃんの家の周りは、おばあちゃんが育てている野菜の畑の他にも、野草やベリーや木の実がたくさん採れて、虫もたくさんいる。
僕がおばあちゃんの家を好きだったのは、そこだったんだけど、いとこたちはみんな、虫やヘビが出るおばあちゃんの家を、お化け屋敷みたいだと嫌がっていた。

「今どき、お風呂をまきで沸かすなんてある?!」
「木の蓋が置いてあるのかと思ったら、『これを浮かべて、真ん中に乗るようにして湯船に浸かれ』って。石川五右衛門が処刑された風呂じゃん!」
「壁に手のひらくらいの大きな蜘蛛がくっついてるの。叫ぶ声も出なかったわ。もう絶対行きたくない」
「トイレが外にあって怖いし、水洗じゃないし、手が出てきそう」

まとめるとこんな感じ。
僕がいいなと思うところを、みんな悉く嫌ってた。
だから、片付けは僕一人で行くことになった。

片付けったって、おばあちゃんは無駄が嫌いな人だったので、荷物も大して残ってない。
おじいちゃんは、もったいなくて捨てられない人だったみたいだけれど、そのおじいちゃんが亡くなった時に、家財の4分の3をおばあちゃんが処分していた。

「全部ガラクタやけんね、いくらにもならんけど、うちにあっても場所塞ぎだでね」

おばあちゃんは、おじいちゃんとの思い出が詰まっているであろう衣装ダンスなんかの大物家具も、ガンガン処分したので、家の中は、本当にがらんとしていた。

「鍋と食器と布団があれば、まあ、生きていくのに困らんよ」

そう言っていたおばあちゃんだけど、僕の食器と布団は捨てずに残していてくれたので、僕は数日泊まり込んで、自炊しながらおばあちゃんの生活をなぞってみていた。

曲がった腰で、この高さの台所での炊事は大変だったろうな、とか。
未開封の瓶の蓋を見て、握力が無くて開けられなかったのかな、とか。
別にしんみりしたかったわけじゃないのに、どうしてもっと、おばあちゃんのところに遊びに来なかったのかと思ったりした。

居間には、小さな茶箪笥に、通帳、年金手帳、印鑑、電気ガス水道の領収書などがきちんとしまわれている。
衣類は箪笥に三段。
夏服、冬服、間服だけ。
本当に見事に何もなかった。

おじいちゃんの遺影が飾られた仏間の天袋を開けると、何か硬いものが手に触った。
角張った材木の切れ端のようだ。
「なんでこんなところに?」
と思いながら引っ張り出すと、思いの外可愛らしいものが麻袋から出てきた。

「MOKONRO?なんだこれ?」

麻袋の中には、おばあちゃんとバイクのヘルメットを抱えた若そうな男のツーショット写真が入っている。
「マディソン郡の橋的なアレかな?……にしても、ちょっと歳が離れすぎてる気がするけども」
袋の中には他にも手紙が一通あった。
差出人の住所は東京。
この青年からのものだろう。
中身を読んでもいいものか迷ったが、不倫の可能性があるなら他の遺族に知れわたる前に、ここで証拠隠滅した方がいい。
そうでなければ、読んだところで差し障りはないだろう。
そう判断して、封を開いた。

俊子さん、先日はお世話になりました。道に迷って、ナビの充電も切れ、腹ペコで困っていたところを助けてもらって、本当に感謝しています。あの時は、マジで神様かと思いました。

メシも風呂も宿までもお世話になったのに、いくばくかのお礼をどうしても受け取ってくれなかったので、僕はずっとモヤモヤしっぱなしです。

お金で解決がいいとは全然思ってないのですが、僕は俊子さんが何を嬉しいと思うのかよくわからないので、失礼ながら感謝の気持ちで宿代を払わせて欲しいと思ったんです。不快な気持ちにさせてしまったならすみません。

無事に帰りつきましたご報告と、改めてのお礼を送ります。あの時、俊子さんが珍しそうに「これ何ね?」と聞いてくれた、もこん炉です。ほんとはあの時、もこん炉を置いていけば良かったんですが、あれは、彼女からのプレゼントだったので。

スウェーデントーチなので、外でご飯を食べるときに重宝すると思います。良かったら使ってください。

なるほど、ツーリング途中で山に迷い込んだ若者を泊めたお礼がこれだったのか。
それにしても、おばあちゃんの生活は、毎日がほぼアウトドアみたいなもので、わざわざ小さなキャンプ道具をもらっても、使いみちはなかったはずなのに。
何が琴線に触れたのか、おばあちゃんは、このもこん炉を死ぬまで大事に残していた。

「てことは、これは残した方がいいってことだよな。もらって帰ろう」
僕は、もこん炉をいろんな書類と一緒に、ザックの中に押し込んだ。

【もこん炉のいる暮らし】
✳︎友人のもこんが作っている「もこん炉」が登場するお話を書かせていただいています。
興味を持ってくださった方は、ぜひ、リンクからショップを訪れてみてください。

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