2023.9.17 プロレスリング・ノア 真・飛翔 〜丸藤正道デビュー25周年記念大会 試合雑感

◼️スペシャルシングルマッチ
丸藤正道 vs ウィル・オスプレイ

形だけ見ると新日vs NOAHの対抗戦でありながら、丸藤のデビュー25周年記念大会というメモリアルな舞台に加え、オスプレイの丸藤に対する惜しみないリスペクトもあってか空気感はそこまで殺伐とはしておらず、ドリームマッチらしい華やかさとプレミアム感がありましたね。この邂逅に殺伐とした潰し合いや団体間の確執などはっきり言えばナンセンスの一語であり、そんなチンピラの縄張り争いのような低い次元で行われる類の試合ではないのですよ。世代的にはかなり開きのある両者ではありますが、かつて天才児と呼ばれた男、丸藤正道と令和の世界最高峰の天才であるウィル・オスプレイの初対戦はプロレスの運命性を感じさせます。

最初のロックアップ。ロープに押し込んだ丸藤が挨拶がわりの強烈な逆水平チョップ。この試合はクオリティが高く、後にハイライトとなるシーンは山ほどあるのですが、この手の勝負にしては珍しく振り返った今でもこのファーストコンタクトが一番のハイライトだったように思います。

金属音に等しい破裂音が響き渡る中、顔を歪ませつつもどこか感極まったような表情のオスプレイ。憧れとの対峙はこうして向かい合ったときでもいまだ夢の渦中にあり、そんな万感の思いが一発の逆水平で強烈な「痛み」となってジワジワと現実味を増していく。夢から覚めるのはいつだって現実の痛みであり、憧れに攻撃をぶつけるよりも、憧れの一撃を喰らいたいと思う感情のほうが勝るのです。

祈るように目を閉じ、気を引き締めるとさっきとは一転してリストロックからのコントロール。この探り合いは互いに実力を推し量るものではありますが、オスプレイのレベルを丸藤が肌感覚で知ると同時に、かつて天才と呼ばれた矜持があるだけに、憧れを抱く者に対してそれが期待外れに終わらないようにするという責務があります。ここで身体能力を見せるかと思いきや、オスプレイは冷静にロープに足をかけることでエスケープ。その思いを抱くように自身を軽く抱きしめると笑みを見せます。

再びロックアップからロープワークの攻防に。フック気味のトラースキックの打ち合いは互いにかわしつつも、オスプレイのフックキックが丸藤相手だと継承技のような意味合いを帯びてくるのが面白いですね。ドロップキックをスカしつつの撃ち合いはJr.の定番の攻防でやや演舞的ではありつつも、身体能力的に全盛期を迎えているオスプレイに対して身体的に衰えつつある今の丸藤がどこまで対応できるのか?という裏テーマをちゃんと意識した攻防だったように思います。

オスプレイのヘッドスプリングをスライディングキックで迎撃。こうした老獪さはキャリアが円熟期を迎えた今の丸藤ならではです。そしてしっかりと手の甲を固めるリストロックで制していくと逆水平。オスプレイも丸藤をコーナートップに誘うと逆水平で一気に落下させます。そしてまたしても逆水平でどよめく場内。丸藤も得意とする技だけに、オスプレイの力強さが際立つ一撃で、両者のマシンスペックの違いをこれみよがしに見せつけていきます。

リングに戻り、丸藤をエルボーで吹き飛ばすと焦ったそうに顔を踏みつけるオスプレイ。ヒール意識というよりややスローモーな丸藤に火をつけようとする所作であり、リスペクトが背景にあるにしては感情の逸脱や暴走を感じさせないささやかな挑発めいているのが興味深いですね。丸藤もハンマースルーをトンボを切ってのドロップキック。三沢光晴がフライングラリアットで身体の調子を確かめたように、この技は昔から今に至るまで愛用してるカウンターであり、感覚を取り戻すための儀式、一種のルーチンのようにも感じますね。

オスプレイをショルダースルーでエプロンに追い出すと、トップロープを踏んでの逆スワンダイブとでもいうべき丸藤のドロップキック。これはKENTAとの一連の名勝負数え歌での一撃で度肝を抜いたのが有名ではあるのですが、戦前にABEMAで繰り返し流していた丸藤正道ベストバウトの意味がここで出てきましたね。単純な今の丸藤に留まらない、丸藤正道の集大成を感じさせます。そして捻りを加えてトルニージョ気味に落ちたプランチャ。やや見栄えが悪そうにも見えますが、一瞬無重力になる瞬間に身体を捻ることでタイミングをズラしつつ威力を増した一撃です。若き日の派手なアイディア満載の大技より、よもやすると見逃してしまいそうな、才能に歴戦のキャリアから生み出される経験値を掛け合わせたこうした小技テクニックみたいなのは、老獪な元天才の本領発揮といった感じがあって個人的には好きですね。

オスプレイも負けじと一気にギアを上げてのサマーサルトキックからの延髄斬り。このハイスピード感は素晴らしく、まさにかつての丸藤級の速度です。丸藤も何とかハンマースルーで切り返すも、反転してのキックでダウン。さらにオスプレイのピッピーチェリオ。より早く、より高く、オスプレイがハイフライの申し子であるポテンシャルの片鱗を徐々に見せていきます。ステップキックからフックキックのフェイントを踏み込みに応用してワンテンポズラしての強烈な逆水平。これは以前も書きましたが、プロレスは魅せる競技という側面がある以上、観客が視認できる速度には限界があるわけですが、こうした急停止と急加速を織り交ぜることで単純な技をインパクトを持って見せる「テンポ感」がオスプレイは抜群に上手いですね。

丸藤もライガーボムをショルダースルーで返すと、コーナーに突進するオスプレイに対し、トーキック、ステップハイキック、トラースキック、目眩しの左右の張り手、ローリングトラースキックと、オスプレイに負けじとギアを上げた丸藤乱舞を見せますが、スピード感はやはりオスプレイより若干劣る部分もあり、最後のローリングトラースキックをジャストタイミングのハイキックで返されるとラリアットで崩れ落ち場外へと押し出されます。この一連の技はいつもの丸藤の逆転の一手だっただけに返されたのはややショックがありつつも、これを返されるあたりが現状のスペック差の「リアル」でもあり、夢の戦いの中に容赦のない現実がちゃんと垣間見えていました。この辺りから僕は徐々に丸藤応援へと傾きましたね。

オスプレイはコーナートップに上がるとコークスクリュー式の場外弾。その昔週プロで読んだ僕の記憶が確かで、今も設計が変わってないのであればNOAHのコーナーは他団体より少しばかり高さがあるはずで、これはやるほうも受けるほうもキツいですね。そしてかつてのように跳べない丸藤に対してこれを繰り出す残酷さ。いやはや、これはまごうことなき「戦い」ですよ。

鉄柵を利用したオスカッターを見せようとするオスプレイに対し、足を払って顔面を鉄柵にぶつける丸藤。さらにもたれかかるオスプレイに鉄柵超えのフェイスクラッシャー。これですよ!これ!これこそが丸藤正道の天才性ですよ。先ほど書いた通り、新規性のある派手な大技などではなく、細かなアイディアの応用性。そして分かる人には分かるのですが、丸藤正道って扉を閉めるだけの攻撃を見せたりと、実は「鉄柵使い」が本当に上手いんですよね。さらに海堂のブーメランスネイクのような、鉄柱を回して死角から入るトラースキック。いやはや、丸藤正道は古びていませんよ。

そしてエプロンでのパイルドライバーを狙いますが、これを抱え上げてトップロープに固定するとコーナー最上段からのバーニングスタープレス。フックキックの往復からライガーボム。いつもより大技の仕掛けが早いような気もしてそのインフレぶりにゾッとしました。

丸藤をボディスラムで固定するとリープオブフェイスを狙いますが、丸藤が起き上がるのを見るとfromコーナーtoコーナーへと切り替えます。フィニッシャーではないものの得意技だけに精神的なダメージは大きく、追い込まれているのが見て分かるのが凄いですね。さらにエプロンでのストームブレイカーを狙いますが、これは丸藤が断崖式の不知火を敢行。オスプレイが吊り上げた天井知らずの「場代」に対して必死にコールを繰り返す丸藤。超ド級の大技のラッシュに対して、同価値の大技を常に最善手として出し続けなければいけない死闘。加速し、ひた走るオスプレイに対して全速力で追い縋る丸藤というこの構図がいいですよね。

リングに戻ったオスプレイに本家のfromコーナーtoコーナー。エルボーの打ち合いから目が覚めるような丸藤の逆水平。この一撃の音は素晴らしいですね。オスプレイも負けじと打ち返し、シェイクハンドからの逆水平合戦へ。丸藤の逆水平は片方の腕で反動をつけているのでこのシェイクハンドはやや不利かと思いつつ、その体勢で背後に回ると屈んだオスプレイの股上を抜く地を這うようなトラースキック。これも丸藤の変則トラースキックのバリエーションの一つであり、身長差というハンデを逆利用した感じがあっていいんですよね。

オスプレイもハーフネルソンスープレックスというこれまたNOAHらしい技を出すとオスカッターに。丸藤も時間差ロープワークで応戦しますが、その場飛びスパニッシュフライの要領で着地するとライガーボムを繰り出そうとしますが、体勢を入れ替えてドンピシャのタイミングで丸藤が掟破りに等しいカッター。今回の試合で見せた丸藤の「閃き」の中では一番の大技で、この一瞬は若返ったような気さえしましたね。

そして丸藤は不知火を敢行。丸藤の技セットの中で対新日だとフィニッシャーとして愛用している代名詞であり、それはオスプレイ相手でも変わりません。後転して距離を取るも、これを逃さずオスプレイのヒドゥンブレード。そしてロビンソンスペシャルにオスカッターを被弾させフォールに。これはからくもカウント2。さらにリープオブフェイスを狙いますが、これは丸藤が雪崩式裏不知火こと、不知火・改へ。閃きという天才性ばかり注目されがちな丸藤vsオスプレイですが、観客の期待する空前絶後な大技の応酬というもう一つのニーズがあるわけで、その面でオスプレイに対して挑むのはエレベストに無酸素登頂で挑むようなものですよ。とはいえ憧れた技のデパートぶりで負けるわけにはいかず、こうして名勝負を彩った大技を出してくるのは本当に最高の一語以外ありえません。

そんな中、オスプレイが選択したのはニヤリと笑ってのストームブレイカー……と見せかけてまさかのタイガードライバー。一見すると今までの大技の中だと普段使っていないのもあってやや劣るような気もしますが、この技をノアのマットで、そして丸藤相手に繰り出すのは文字通り「意味」が違うんですよね。この試合、単なる大技の博覧会ではなく技に意味付けがされているのがポイントであり、その中でもこのタイミングでのタイガードライバーは挑発としても満点です。

そしてこれをカウント1で返した丸藤の表情!オスプレイの驚愕の表情も相まってこの試合の名シーンの一つですね。丸藤の「地金」が垣間見えた瞬間であり、この後の顎クイチョップを顎関節にぶち込んだのはえげつなさを感じました。対するオスプレイも悪ガキらしく強烈なエルボーにローリングエルボーという挑発の上塗りで反撃。こうした相手の感情を逆撫でするイケイケぶりこそオスプレイの持ち味の一つであり、これがエルボーを点としてヒドゥンブレードへとスムーズに線として繋がっているのも見事です。

ヒドゥンブレード狙いを丸藤は虎王で迎撃。頭突きで抵抗するオスプレイに負けじと腕を固めて側頭部にブチ込む真・虎王。今までは過去の丸藤正道が姿を見せていましたが、この辺りは今のスタイルの土台となる技で間違いなく今の丸藤正道ですね。そしてその腕のロックを解かないまま、オスプレイのタイガードライバーに対し「今はこれだよ」と言わんばかりの久しぶりのタイガーフロウジョン!オスプレイが憧れである丸藤正道をどこまで「追って」いたかは分かりませんが、若き日の華やかな丸藤ではなく、円熟期の丸藤の技をこうして立て続けに繰り出すことで憧れの強制アップデートを図ったのは本当に上手いですよ。

そしてアピールからポールシフトの体勢へ。恐らくはポールシフトフロウジョン……ですかね?実は恥ずかしながら丸藤の技セットの中でタイガーフロウジョンとポールシフトフロウジョンはどちらもフィニッシャー級だけのどちらが格上なのかが分からなくて、これって考えるたびに怪獣の強さランキングでどちらが強いのか議論するときのようなワクワク感があったのですが、一応は後出ししたポールシフトフロウジョンが奥の手という解釈でいいんですかね?

しかしながらこれはオスプレイが許さずストームブレイカーへ。丸藤もリストコントロールで幻惑するも、オスプレイの膝がグサリ。丸藤も負けじと虎王へ。弧を描くフックキックを突き刺すと再び虎王を放ちますが、これはかわされてフライングフォアアームのような交差式のヒドゥンブレードへ。そして後頭部へのヒドゥンブレード。これは何とかカウント2.9で返すも、ストームブレイカーで丸藤轟沈。戦い終わればノーサイド。憧れは憧れのままであり続け、互いに座礼。いやあ……本当に素晴らしい試合でしたね。

デビュー記念大会での真っ向玉砕に何とも言えない感情が湧き上がるも、オスプレイにとっての大切な丸藤超えを見れたことの感謝に、さらにオスプレイが「間に合う」まで現役の最前線であり続けた丸藤にも感謝の気持ちしかありません。他者の憧れになるのは簡単でも、憧れで居続けることは難しく、気を抜いて落ちたが最後、憧れは容易に失望へと転換します。この試合、単に後進に胸を貸すだけの意味合いではなく、過去の自分との戦いも含めてヒーローであり続けなければいけない絶大なプレッシャーがあったことでしょう。それを抱かせない丸藤正道の軽やかさは昔も今もやはり変わらず、それでいながら今の丸藤は十分最前線に居続けられる。そう思わせてくれた一戦だったように思います。

天才と呼ばれたレスラーが天才のままキャリアを全うするのは意外と難しく、全盛期と比較される割合は他のレスラーよりもどうしても多くなりがちです。その才能がセンスだけでなく身体ポテンシャルに拠るものならば加齢による衰えや怪我からは逃げられず、過去の栄光はいい意味だけでなく悪い意味でも自分を離してくれません。そんな25周年の節目の年に、世界最高峰であるウィル・オスプレイと渡り合えたことによる自信。そしてまた最前線に戻らなければいけないという新たな目標。まだ目指せるものがある。「ギリギリでやることが楽しい」このバックステージでの発言こそが、丸藤正道の真骨頂ですね。いいものを見せていただきました。腐っても丸藤なんて言わないでくださいよ。25周年記念大会に相応しいベストバウトだったと思います。