2021.9.12 N-1 VICTORY 2021開幕戦試合雑感

◼️ N-1 VICTORY 2021・Dブロック公式戦
マサ北宮 vs 藤田和之

藤田和之のリーグ戦といえば2005年の新日本プロレスのG-1クライマックスを思い出しますね。暗黒期真っ只中のG-1でありながら、vs川田利明戦がしれっと組まれていたりと妙にマニアックかつ味わい深いリーグ戦だったのを思い出します。藤田をG-1に出せという声は水面下ではわりと根強く、それは格闘技路線をやりつつ「強さ」に対して解答を出せない新日に対する揶揄混じりの声ではあったのですが、それを抜きにしても「最強」の名を欲しいままにした藤田の参戦はリアルとファンタジーの極地でもあったわけです。そんな藤田和之が16年後、まさかのNOAHのリーグ戦に参戦という……これを運命と呼ばずして何と言うのでしょうかね。同時期のG-1に参戦していたカシンがいるのもまた運命を感じます。

さて、そんな怪物ブロックの中に放り込まれたマサ北宮。キャリアは一番下でありながら、頭角を表し続けてる選手でもあります。藤田和之とのマッチアップは一見するとゴツゴツした印象の目立つ一戦ではあるのですが、マサ北宮はNOAHの中では小川と並んでアメリカンプロレススタイルであり、この試合も緻密かつロジカルな攻めで一気呵成に藤田和之に攻め込んでいきました。

傍若無人な言動の目立つ藤田ではあるのですが、インタビューなどではわりかし謙虚で、自身を「下手」だと言っていたのが印象深く、加えて闘魂の御旗の元に最初はガッチリと受ける傾向にあります。語弊を恐れずに言えば「ガチ」感の強い藤田ではあるのですが、戦いにはちゃんとした信念があり、その「受け」の部分がマサ北宮の攻めと噛み合ってる点に注目してしまいました。足横須賀のようなニークラッシャーに、足元を覚束なくさせてのブレーンバスター。踏ん張りを弱めることはサイトースープレックスへの布石にもなりますし、マサ北宮の戦術は風貌に見合わず恐ろしくロジカルな一点集中。ちゃんと血脈を感じさせますよね。

試合順もあるのでしょうが、短期決戦イメージのある藤田に対して、マサ北宮が選んだ解答は試合の半分の尺を割いた長時間の拷問監獄固め。藤田も意地を込めて顔面を張り、脱出を試みますが、ガッチリと食い込んだ足にマットを叩いて衝撃を加え、それをねじ伏せていくマサ北宮。パフォーマンスであり攻めでもある。実に理想的ですね。まさに猛獣の捕獲であり、ここでの藤田の暴れかたは実に「野獣」らしくて良かったです。

しかしながらクレバーにロープに逃げた藤田は、サイトースープレックスを膝で迎撃すると、そこそこ重いマサ北宮の後頭部がバウンドするかのような激烈なパワーボム。そこからの戦慄のサッカーボールキック3連発でマサ北宮を沈黙させての勝利。付き合うのはここまでだとばかりのあしらいぶりでしたが、藤田はこれでいいのです。

いやあ……それにしても藤田和之は完全に再生(リボーン)されましたね。NOAHマットに上がって以降、わりと負ける試合もそれなりにあったのですが、それでもなお消えない「最強」のイメージ像。そして年齢を重ねても衰えることのない「殺気」も凄まじく、征矢学に続いて、マサ北宮にも打倒藤田のテーマが課せられましたし、単なる若手の壁役で終わるわけではない、リーサルウェポンぶりも感じました。このイメージを残しつつ起用するのって繊細なバランス感覚が必要ですし、NOAHの藤田和之の使い方は本当に上手いですよ。怪物を飼い慣らすわけではなく、さりとてアンコントローラブルな荒らし要員として扱うわけでもない。そこにいるのは紛れもないプロレスラー・藤田和之なのですよ。

一言で語るなら、今の藤田和之は「ありふれた怪物」です。プロレスという非日常に溶け込んだありふれた怪物が闊歩する今回のリーグ戦、藤田和之をとことん堪能していきたいですね。


◼️ N-1 VICTORY 2021・Bブロック公式戦
拳王 vs ケンドー・カシン

カシンとしてはナショナルでの雪辱を晴らした形になりましたが、そんな印象は微塵もない悪夢のカシン劇場、といった感じでしょうか。カウントの怪しい場外乱闘に二重マスクといった仕込み。悪魔仮面の名は伊達ではありません。試合後コメントも拳王の発言を逆手にとった「ノア・ケアハウス」「面倒を見ろ」これはもうカシンの勝ちですね(笑)

その発端となった、拳王の仰々しいマイクからの際どい発言は非常に面白く、平均年齢を出したのは素晴らしく刺激的でしたね。ただその反面、隠し切れない生真面目と普段のトラッシュトークのギャップは凄まじく、それは戦いにおいてはプラスにもマイナスにも作用します。拳王には決して冗談が通じないような「怖さ」を感じるわけではないのですが、発言の真面目さのせいかおちょくり甲斐があるという奇妙な面白さがあるんですよね。DDTやカシンとの一連の対抗戦にはそうした悲哀を感じる部分もあり、逆に乗るときは躊躇なく乗る拳王のノリの良さと柔軟性に惹かれる部分もあって評価が非常に難しいです。しかしながら並のレスラーでは喰われて終わりなムタとの一戦で、ムタの絵力を一瞬で塗り替えたバーニングバズソーキックは大袈裟に聞こえるかもですが「ムタ史」に残るシーンですし、そうしたアクの強さが何より新時代のNOAHを感じさせるわけなのです。

今のNOAHで「推し」を言うなら、僕は断然清宮海斗と拳王であり、やっぱりこの二人を主人公として見ちゃうんですよね。拳王の憎み切れない部分とカッコ良さのハイブリッドは、これから先も追いかけ続けていきたいものです。


◼️ N-1 VICTORY 2021・Cブロック公式戦
中嶋勝彦 vs 田中将斗

今大会のベストバウトです。戦前、この二人のマッチアップで望んだものは全て出してきてくれました。ハードヒッティングでは一日の長のある中嶋勝彦の蹴りは素晴らしく、この「生音」は配信で聞いても背筋が粟立ちますね。対する田中将斗もバリエーションを変えつつ硬質エルボーの乱れ打ちを中心に試合を組み立てており、ただのエルボーと軽んじるなかれ、世界標準の経験の深さを感じさせます。中嶋勝彦も33歳という若さながら、キャリアだけなら歴戦の猛者であり、この一戦には何より互いの「経験値の深さ」を感じ取ってしまいました。

スラDをキックで迎撃した中嶋のセンスには息を飲みましたね。格闘センスとプロレスセンスのマリアージュであり、何より的確さに惚れ惚れとしてしまいました。中嶋は重い蹴りが目立ちますが、個人的にはトラースキックの名手であり、空手の「掛け蹴り」を上手くアレンジした蜂の一刺しのような他の使い手とは一線を画す一撃です。一時期はその連発を結構批判されていたのですが、今はむしろ他の使い手が霞むほどの域に達していますね。華やかさが目立つ技のイメージを個人で塗り替えつつ、シューターとしての説得力があるのがたまらなく好きです。

そんな多角的な打撃の応酬は、後頭部へのスラDから正調のスラDという「サンドイッチ」で田中将斗が中嶋勝彦から勝利をもぎとりました。フィニッシャー派生から正調に繋ぐのは個人的には微妙なのですが、こと田中将斗のスライディングDにそれは当て嵌らず、試合の局面と技の特性を熟知しているからこその合理性に満ちた一撃なんですよね。加えて疾走感もあり、説得力もある。そして打撃で打ち勝つという完璧さ。負けた中嶋勝彦の恐ろしさも際立っていましたし、文句のつけようのない「完璧」な一戦でした。


◼️ N-1 VICTORY 2021・Aブロック公式戦
杉浦貴 vs 武藤敬司

武藤敬司をリーグ戦で通俗的に消費するのは困難だな、と思わされた一戦でした。開始早々の奇襲こそすれど、途中は武藤のグラウンドによる「封じ込め」が目立ち、結果としては武藤のイメージの強い一戦となってしまったような気がします。

しかしながら「武藤強かった」で済ますのも少し解釈にズレがあるというか、はっきり言えば僕は「武藤、逃げたな」と思いましたね。じゃあ凡戦だったのか?武藤は弱いのか?いやいや、そういう単純な話でもないのですよ。あれは紛れもない「戦力的撤退」です。

今の武藤の年齢、コンディションでは、壮絶な打撃戦で藤田和之を葬った今の杉浦に勝てるとは到底思えないんですよね。自分より若い年齢の選手を技術で完封することは衰えた武藤でも容易にできるとは思うのですが、杉浦もその辺の老獪さは身につけていますし、足関節持ちかつハードヒッティングな杉浦は、コンディションがそこそこいいとはいえ年齢的な体力の限界のある今の武藤敬司では相手としてかなり厳しいでしょう。武藤敬司がリーグ戦参戦する以上、どうしてもそういう目に晒され続けることは当人も承知のはずなのです。

だからこそ、武藤敬司は体格の有利さと柔道ベースによる押さえ込みに走った。少なくとも僕はそう解釈しましたね。一見すると杉浦を武藤ワールドへ誘ったようにも見えるのですが「勝てない」相手だからこそ塩漬けにして引き分けを狙ったようにも見えますし、ピン・フォールを奪う競技である以上、上になり続けることは強者の証明でもあり、分かりやすい「マウント」なのです。それでいて、30分フルタイムドローを戦い抜くことで、自身の老体による体力面での不安視を跳ね返し、自身は体力の回復を図りつつ杉浦の体力を削って「あわよくば」を狙う。幾重にも走らせた戦略の筋道がどれか一つでも光明に繋がれば、結果として武藤敬司という存在を強く印象付けることができる。武藤にとっての「勝ち」はそれであり、杉浦とは勝利条件が違っていたような気がするわけです。

4ブロックで試合数が少ないとはいえ、リーグ戦は過酷な上、リスクを取ってまで一時の勝利にこだわる必要はありません。合戦では戦略的撤退は状況によってはごく当たり前のことであり、また「逃げる」ことは、強さを示すのとはまた違った方向性による「戦いのリアリズム」でもあるのです。御年58歳のプロレスリングマスターというファンタジックな存在が、リーグ戦での戦略的引き分けという泥臭くも「リアリズム」の極地にある文脈を叩きつけてきたことに、畏怖の念すら感じてしまうわけです。

先ほど勝利条件が違ったと書きましたが、ここが武藤敬司の恐ろしいところで、プロレスは「芸術」試合を「作品」と豪語する武藤にとってそれらは勝負論すら包括する上位概念であり、単純な勝ち負けは結果的な意味合いしかなく、それを彩るスパイスに過ぎません。勝ちを狙いにいかなかった武藤が、引き分けという「実質的な勝利」を手にした。これほど悔しいことはありませんよ。だからこそ、文脈としては非常に興味深く、個人的には「面白い」一戦ではあったのですが「いい試合」と認めるわけにはいかないんですよね。実際試合内容としては厳しいわけですし、それを認めてしまったが最後、武藤敬司のプロレス論に乗っかってしまう=杉浦貴の敗北を認める形になりますからね。引き分けは引き分け。リザルトはリザルトとしてしっかり扱いたいと思います。いや、それにしても個人のプロレス論にまで侵略してくる武藤敬司……恐ろしいものですよね。

そこから逆算して考えるなら、杉浦のとった奇襲は安パイに見せかけて非常に合理的であり、決して弱かったとか武藤と比べて未熟だったとは思わないんですよね。過去、数多のレスラーが武藤ワールドをかき消そうと奇襲を仕掛け、呑み込まれて散っていったわけですが、杉浦のそれは少し違っていて、あくまで合理性に基づいた攻めだったと思います。特に新弟子呼ばわりしつつの逆エビは、人工関節を抱える武藤敬司にとっては鬼門であり、単なる挑発の域を超えた、非常にシビアかつ現実感のある技でした。クライマックスのランニングニー、時間の足りない中のフロントネックロックは引き分けの企みに乗ったようでいながら、ブラフとしても機能させた、観客と武藤の両面に対しての「揺さぶり」でもあります。そして残り30秒足らずで仕掛けたオリンピック予選スラムも、焦って意地汚く出したわけではなく、序盤から中盤にかけてじっくり嬲られつつも、体力を消耗し、気が緩んだタイミング見計らって逆転を狙って放ったクレバーな一発だったわけです。印象論に走りやすい武藤敬司からそのイメージを簒奪しにかかりつつ、あくまでも勝利を狙いにいった。杉浦は推しではないのですが、勝利に対する執念と生き様が連動している部分があるからこそ、こういう試合においては信頼できるわけですね。だからこそ勝てなかったことに思うところもあり……。それは噛みしめつつも、NOAHマットにおける対武藤戦では他の王座戦より個人的には最も強く勝負論を感じたのは事実でしたし、それがひっそりと息づいていることに一抹の安堵を覚えました。だからこそ、この試合をリーグ戦の単なる星感情の一試合で済ますにはいかないわけで、これは近いうちに武藤敬司に「落とし前」をつけなければいけませんよ。この一試合だけでも色々と思いを巡らせることができる。そんな思い出深い一戦でした。





他にもいい試合があったのですが、なにぶん全部まとめるとなると書く時間が中々取れず、取り急ぎリーグ戦を中心に今回はまとめました。本来は書く予定はなかったのですが、見終わって書きたい欲求が出てきてしまったため、ついつい筆を取ってしまいましたね。一応優勝予想はマサ北宮なのですが、一気に暗雲が立ち込めてて真顔になっちゃいましたね。本当に予想の類は苦手なのです。それでもこうして「語れる」試合があることこそが、一番の喜びだと思いますね。今日はここまで。


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