書生さんのこと

 Twitterで「書生さん」と呼んでいるのは、もちろん「しんゆう」の山本くんのことだ。山本くんのおかげでクリープハイプの曲のほとんどを聴いて、そうこうしているうちにすっかり深みにはまってしまった。

 二年前の冬、芥川賞の候補者として「尾崎世界観」の存在を知った。一度目にしたら忘れないその名前と、「クリープハイプ」というこれまた発音しづらいバンドのフロントマンであることが強く印象に残った。芥川賞候補作のタイトルが『母影』であることも記憶に焼き付いた。なぜだか理由はわからない。

 夫と出会ってからお別れまでの十九年をつらつらと綴っている「十九年」というエッセイがある。本屋lighthouseから発行されている不定期刊行誌『灯台より』に載せてもらっている。2021年5月末に発行された、その『灯台より』第3号には、尾崎世界観とカツセマサヒコの対談が掲載されている。
 芥川賞の候補となった尾崎世界観とは一体どんな人なのか、何度も何度も繰り返しその対談を読んだ。本屋lighthouseの店主である関口さんは、その対談の時に『灯台より』第2号を尾崎さんに渡していたというのだ。

 もしかして読まれてしまったかもしれない、という恐れのような気持ちは消えなかった。尾崎さんが芥川賞の候補となり話題になったのは2021年1月のことで、私はその時まだ病院で暮らしていた。候補作の『母影』もまだ手にしていない。尾崎さんとクリープハイプのことを、手元のiPhoneで検索しまくっていた。

 2021年2月になって、2年7ヶ月にも及ぶ入院生活は終わりを迎えた。退院してからも私はTwitterの住民であり続け、ちょうどその頃出てきた「Clubhouse」という声のSNSにもアカウントを作って知人をフォローしていた。いつものようにiPhoneの画面を見つめていたら、Clubhouseの通知が入ってうっかりタッチしてしまい、知らない人と会話する羽目に陥った。
 「中西先生とはどんなお友達なんですか?」それが山本くんの第一声だった。某大学の中西先生とは、何がきっかけで相互フォローの間柄になったのだったか……。「え、いや、えーと、どんなって、その、ツイ友さんです、ツイ友さん」と精一杯がんばって返事をした。超のつく人見知りの私はドギマギして「あ、ごめんなさい、iPhoneに通知が来たのでうっかりタッチしちゃって」と言い訳までした。「プロフィールに英国って書いてあったから、イギリスでのお友達かと思いました」とやけに落ち着いているし、人懐っこさも伝わってくる。「いえいえ、本当にただのツイ友さんなんです、Twitterでしかやり取りしたこともなくて」と重ねる。それから山本くんは自己紹介してくれた。ようやく横のつながりが理解できた。
 山本くんの話が終わったところで、まだ焦りまくっていた私は「あ、じゃあ、私はこれで、お邪魔しました」と言ってそそくさとiPhoneの画面を閉じた。それからすぐに山本くんはTwitterでもDMをくれて、いやに簡単に個人情報を教えてくれたので、私もなんとなく簡単に携帯番号など教えたりしてやり取りが始まった。

 最初は恋の悩み相談だったのだ。それがいつの間にか、私にとっては癒やしの時間になった。

 YouTubeで検索して最初に出てきた「イノチミジカシコイセヨオトメ」、次に出てきた「手と手」を繰り返し聴きながら、夫との「交換日記」を毎日一人で泣きながら書いていた。山本くんに、尾崎さんとクリープハイプの話をしたのはどんなタイミングだったのか。山本くんは次々とクリープハイプの曲を教えてくれた。寂しくしょんぼりしている時に「いつでもすぐそばにある灯り〜」とメッセージが来たかと思ったら、私なんて……と落ち込んでいる時には「大丈夫」が送られてきた。体調が万全でない中、やらなければならないことに押しつぶされて焦りに焦っている時には「ゆっくり行こう」と、次から次へとクリープハイプの曲が送られてきた。それですっかりクリープハイプに染まってしまったのだ。

 山本くんは高校時代にバンドでギターを弾きながら歌っていたという。それもすべてクリープハイプの曲ばかり。そんな山本くんが今、ものすごい勢いで文章を書いている。そう、クリープハイプとの思い出を綴る「#だからそれはクリープハイプ」の企画である。読んでいて引きずり込まれるその筆力に驚くばかりだ。ファンじゃなくともこの文章は読んでもらいたいと思う。

 書生さんに追い越されちゃったな。などと思いながら「最優秀賞に選ばれますように!」と強く願っている。

#だからそれはクリープハイプ #クリープハイプ #尾崎世界観 #灯台より

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