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黒井健を追いかけて(2)

 前回は黒井さんの画業の原点に触れたが、今回は黒井さんが影響を受けた絵本作家について書こうと思う。
 2001年に新潟市民プラザで開かれた(財)新潟市芸術文化振興財団主催の講演会で、黒井さんは自分の好きな絵本作家としてクリス・ヴァン・オールズバーグの作品を紹介していた。オールズバーグは1995年に公開され、話題になった映画『ジュマンジ』の原作者であり、絵本『急行「北極号」』( あすなろ書房2003)『西風号の遭難』(河出書房新社1985)の作者である。黒井さんは、スケールの大きい空想の精密画をスライドに映し出しながら、オールズバーグの魅力を説明していた。一つ一つのものはリアルに写実的に描かれているのだが、絵本の1ページとなると空想の世界、魔術の世界が広がっていく。オールズバーグの物語は、多くが村上春樹の翻訳のせいもあるのだろうが、ユーモアがありどこかミステリアスである。
 なぜ、黒井さんがオールズバーグに惹かれたのか、ずっと気になっていたが先日、思い切って質問したところ、『MOE』(白泉社)1996年9月号の原稿が送られてきた。黒井さんがボストンのオールズバーグの自宅を訪ね、インタビューした記事だ。雑誌本体も確認したくなり、古書店で手に入れ、黒井さんのオールズバーグ紀行を読んでみた。
 黒井さんが最も影響を受けたのは「何かを作るときには、自分を表現したいということです」「それを作ることで自分が喜びたいという意識もあって、芸術家としては、それが一番重要だと思うんです」というオールズバーグの言葉でないかと思う。彼に会ってから黒井さんは絵を描くのが楽になった、描いていて楽しいと思うようになったと言っている。オールズバーグのことを「絵を描くことが好きでしょうがない人」と評している。
 黒井さんとオールズバーグの共通点の一つは、曖昧なもの、はっきりしないものを好んで描き、そこで湧き上がる感情を大切にするところだ。イメージを重要視するということだろうか。また立体を意識しながら2次元制作しているところも似ている。黒井さんは小学校時代の図工で模型作りが好きで建物のミニチュアをよく作っていた。『猫の事務所』(偕成社1994)を作成する際には事前に猫の木彫を創っている。オールズバーグはもともと彫刻家で大学時代に彫刻を専攻している。『MOE』1996年9月号にはオールズバークの自宅のへやに置かれたたくさんの彫刻の写真が掲載されていた。二人に描かれる「もの」の実在感は彫刻制作によって培われたものではないかと考えている。
 一方、2人の一番の違いはオールズバーグが物語をすべて自分でつくるのに対して、黒井さんの絵本の多くが、原作を元に絵を描いている点だ。オールズバーグは物語をつけた1枚の絵から絵本を作っていく。黒井さんはテキストを読み込んで絵を描く。「私は作・絵をやることはほとんどなくて、挿絵をやることの方が多いんです。だからその中で一番大事だと思っているのは、テキストを読み込むこと。物語を読み込んでみて、それが自分とどう接点を持っているのか、『そうだね』と共感できる場所を探すんです。」(読み聞かせ記録アプリ ミーテ絵本作家インタビューvol11)と言っている。この言葉は、『ごんぎつね』以降の黒井さんの絵本作品にあてはまる。テキストを読み込むという作業は時間がかかり、読み込んでも何年もアイディアが生まれてこないこともあるという。 
 オールズバーグとのインタビューを読み、黒井さんの作品制作の姿勢を探っていくとあらためて黒井さんの絵本の魅力、楽しみ方が見えてくる。  


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